アルツハイマーとともに〜おママの貼り絵日記〜

アルツハイマーの母(おママ)が作った貼り絵と暮らしを紹介しております。

記憶について No. 38 必死だった時の記憶

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(2019年6月14日  アルツハイマー認知症の診断から約12年4ヶ月)

 

 どのお母さん?

これは7月にジジから聞いた話です。

私がまだ実家に着いていない午前中の事…。

「 さっきね。おママは珍しいことを言ったよ。」

私は「へぇ〜」って気の無い相槌を打ちました。

 

『お母さんはどうしたの?』って言うんだ。」

 

この場合のお母さんは誰なのでしょうか?

そこが問題です。

おママのお母さん(オネコと私の母方祖母)でしょうか?

 

「それをおママに聞いたら『下で寝ていた…あなたのお母さんよ』だって❗️」

 

この「お母さん」はジジのお母さん(オネコと私の父方の祖母)で、おママにとってはお姑さんでした。「下で寝ていた」とは1階の奥の部屋にベットを置き、ジジとおママが約7年間在宅で介護していた事を言ったのだと思います。

 

それで、ジジは

「もう30年以上前に死んじゃったよ」

と答えたら、

おママは「ふーん。そうだったんだ〜」と納得したかしないか分からないような返事だったそうです。

「何かの弾みで思い出すんだね…。」

ジジには感慨深かったようです。

 

大変だった時の記憶

私の父方の祖母トミさんは気丈な人だったと思います。

トミさんは70代半ばで足を悪くして84歳で亡くなるまで不自由な生活をしました。

一時期は歩けなくなり、寝たきりに近い状態でした。

しかし、持ち前の勝気さが幸いして(?)家の中は歩行器を使って歩けるようになり、トイレで用を足せるようになりました。それでも1日の殆どはベットで過ごしていたのですから、トミさんは思うように動かない我が身を歯がゆく思った事でしょう。

 

時代は昭和の晩期。まだ介護保険なども無い頃ですから、在宅介護も大変だったと思います。おママとジジにとって結構辛い時期だったと思います。

 

しかし、おママはこの頃の記憶が殆ど出てきません。

実は当時、仕事と介護でかなり多忙だったジジは、認知症でも無いのにこの時期の記憶が曖昧だと言います。

 

人間って、本当に大変で必死だった時の記憶は意外と残らないのかも知れない。

そんな風に思っていました。

 

だから、私にもジジにとっても、この日のおママの呟きがちょっとした驚きでした。

 

打出の小槌から転んと飛び出したみたいな感じです。

辛かった時の記憶だって、消えて失くなった訳ではないのですね。

海馬のより深いところに封じ込めていただけだったのかも知れません。

 

先々週の金曜日にテレビで観た『千と千尋の神隠し』の、

銭婆のセリフが再び思い起こされました。

 

  銭婆「それなら、話は早いよ、一度あったことは忘れないはずさ。思い出せないだけで。まぁ、今夜は遅いからゆっくりしていきな。」

 

「忘れない」けど「思い出せない」

未だに私はこの言葉を逡巡しております。

 

harienikki.hatenablog.com

 
本日アップの貼り絵

6月14日 午後

この日のおママは午前中からボンヤリさんでした。

ヤル気なし。(^O^)

ロッキングチェアに身を預け、その視線の先に見つめる物も無いようです。

それで、私が一計をめぐらし(笑)作業机に紙の切れ端を幾つか出しておきました。

緑の面白い形は過去の作品を制作した時に出た残りだと思います。

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 ⬆︎こんな感じで広げておきました。

 

⬇︎私の計略にはまって、まんまと制作を始めたおママ。(^O^)

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 ⬇︎2枚目に突入。

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 ⬇︎2枚目はこんな感じでした。(๑˃̵ᴗ˂̵)

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おママの貼り絵を見て下さりありがとうございます。