(2019年12月2日 アルツハイマー型認知症の診断から約12年10ヶ月)
*御報告
昨年末に発覚したおママの帯状疱疹についてです。
現在、湿疹は跡もほとんどないくらい消えて、すっかり綺麗になりました。
問題の後遺症の神経痛についてですが、おママは1月中旬には殆ど痛みを訴えなくなりました。
これについて、私やオネコは、
「もしかしたら認知症の症状が進んで、痛みさえも認識できないほど鈍感になっているんじゃないか⁉️」
と勘繰っております。
とりあえず、本人はさほど痛みを感じなかったのは確かなようです。
良かった、良かった。ホッとしました。(^◇^;)
1月に掛かり付け医から帯状疱疹後神経痛の薬タリージェ錠5mgを処方されました。
本人痛みがないとすれば、
(ただでも認知症の薬や血圧の薬を飲んでいるし、これ以上おママの薬を増やすのはいかがなものか?)
と思えてきます。
結局、タリージェは4回ほど飲んで後は服用しませんでした。
でも、医師から処方された薬を勝手な判断で止めているわけですから、心苦しいです。
2月にジジとおママのお薬を処方してもらう時は、それを医師に伝えなければなりません。気が重いなぁと思っていました。
そのXデーが遂にやってきてしまいました。(°▽°)
2月10日、丁度ジジもおママもお薬が無くなったので、3時の午後診療開始を目指して掛かり付け医のクリニックへ。勿論、私もお供しました。とぼとぼ…。
「母はあれからすぐに痛みを全く訴えなくなったので、お薬の服用はやめています。」
恐る恐る報告すると、先生は和かに仰いました。
「良かったです。あれだけの湿疹が出ていたのですから、相当長く痛んでもおかしくなかったんです。痛みが残らなくて良かったですよ。」
私、処方されたお薬をおママに飲まさなかった事で先生がムッとされるかと思っていたので、気持ちが軽くなりました。
「先生、もしかして、母は認知症が進んで、痛みを感じる感覚が鈍くなっているんでしょうか?」
「いやいや、そんな事はないでしょう。いくら認知症が進んだって痛みは感じますよ。」
そうなのか…。感じなくなるわけではないんだ…。
その伝え方が分からなくなって、
伝えづらくなるだけなのかも…。
確かに「頭が痛い」とか時折言ってますものね…。(^O^)
*「COVIDー19」
この時、クリニックの受付で⬇︎の文面のプリントを手渡されました。
発給元は地元の医師会で、下半分に地元の保健所や相談窓口の連絡先が記載されています。
今、まだ公には、中国の流行地域から帰国したか(来日したか)、患者と濃厚接触した人のみ感染の可能性があるというスタンスなのでしょう。
でも、これって、どうなんだろう…。
水際で感染爆発を食止めるために、必死の対策が取られていると思います。
政府チャーター機で帰国された方々、クルーズ船で御苦労をなさっている方々、それを支えている多くにスタッフの方々には頭が下がります。
しかし、日本は海外との交流が頻繁ですから、本当に水際で食い止められるのかしら。
なんとか、感染を検査する検査キッドが保険適用になって、街の小さな診療所やクリニックでも出来る様になって欲しいものです。
高齢なジジとおママ、そして胃癌のクレバーも居ますのでとても心配です。
国内でパンデミックを防ぐためには、一人一人が手洗いうがいを徹底し、体力を落とさないようにするしかないと思います。(^。^)
それでようやくこの新型肺炎に名前がついたそうです。
「COVIDー19」
コビッド19と読むのだそうです。コロナウイルス(coronavirus)と病気(disease)の文字と最初に確認された年を組み合わせたとか。
*本日アップの貼り絵
「お題方式」の貼り絵です。昨年11月29日に私はおママの机の引き出しから、こんな包を発券しました。⬇︎白松がモナカ❣️
それを開けてみますと、⬇︎白松がモナカの包装紙を細かくカットした紙片や千代紙が出てきました。
それで、私がこれを元に、他の紙を並べて置いた「お題」がこちらです。⬇︎
白と黒のストライプは甥っ子(オネコの息子)がおママにくれた包装紙の残りかも?
「お題方式の貼り絵」 とは…。
今年の夏ぐらいから、おママは貼り絵に使う紙を自分で1から探して選ぶ事が難しくなってきました。それが出来ない時が増えてきました。
それで、あらかじめ私が作業机に何種類かの紙や切れ端を出して置き、まるでおママが貼り絵をやり掛けていたと思えるようにお膳立てをする事が増えました。私はこれを「お題方式の貼り絵」と呼んでいます。
おママの貼り絵を見てくださり,ありがとうございます。