アルツハイマーとともに〜おママの貼り絵日記〜

アルツハイマーの母(おママ)が作った貼り絵と暮らしを紹介しております。

マスク・ストレス & 手越祐也、ジャニーズ事務所辞めたってよ…。

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(2020年1月9日 アルツハイマー認知症の診断から約12年11ヶ月)

 

秒ではずす…。(^◇^;)

これは5月8日金曜日の事です。

もう1ヶ月以上前の出来事だなんて、時が経つのは速いものですね…。

この日の午後、私はジジとおママと一緒に掛かり付け医に行きました。

2人のお薬を処方して頂くためです。月に一回の恒例行事。(^O^)

 

この時は緊急事態宣言中ですし、いつもの通院だって、私は気を張っておりました。

忘れてはいけないのはマスクの着用。

私は2人にマスクを付けてもらいましたが、おママは家を出る前からすぐに取ろうとしていました。

「マスクを外さないでね。今は外出時には誰もがもがマスクをしている決まりなの。」

「あらそうなの?」

しかし、家を出て、おママは道中、何度もマスクを取ってしまいます。

「今は悪い病気が流行っているから、皆んなつけてる決まりなの!」

「あらそうなの? 私は知らなかったわ。」

おママは笑ってるけど…。

確かに認知症歴13年記憶は数分も保たないから仕方ない。

でも、歩いて10分とかからない道のりで、これを10回近く繰り返されると私も流石に疲弊しました。

診療所に入るなり、おママはマスクをはずします。(私は注意の上付けさせた。)

診察室に入る前も、付けていると先生に失礼かと思ったのか、取ろうとしました。(私はすかさず注意しました。)

先生の前に座った時も、取ってしまう。(°▽°)

その都度注意したんです。

先生はおママの血圧を測ると仰いました。

「血圧、少し高いですね。157。」

血圧の薬を飲んでる上での数値ですから、高いですね。

 

「もしかして、こちらに来るまでに、何度も私にマスクを外すなと言われたから、それがストレスになって血圧が上がったんでしょうか?」

そう先生に言ったら、笑っていらっしゃいました。

私も疲れたけど、認知症のおママだって度々注意されたら、

(イチイチ、うるさいわ‼️)

って、当然ストレスになりますわね…。(^◇^;)

ちと反省…。

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12年なのよ。(チャーコの愚痴です。)

何が12年…⁉️  はい、私がNEWSを応援し始めてからです。

改めて数えなおしてみると、おママがアルツハイマー認知症の診断かを受けて13年だから、それより短いのね…。

でも、一つのグループを、そして一人のタレントを応援し続ける期間としたら、決して短い方ではないと思います。

手越よ。本当にNEWSをやめるのか?

あんなに必死に守ってきたNEWSから離れて、一人でどこに行くの?

 

最初は娘のアズキです。

彼女がジャニーズ事務所のNEWSというグループにいる手越祐也くんのファンになった。それがキッカケでした。まだアズキは中学生だし、手越くんも十代でした。

少女時代から若い頃、私はジャニーズの男性タレント達には見向きもしませんでした。たとえ好きになっても、おママは厳しかったから「娘がジャニーズに狂ってる」という状況を容認してくれなかったと思います。

 

でもね。私はアズキが好きになったものを否定はしたくなかった。

 

「手越くんが好きなの❣️」

テレビで見れば確かに綺麗な顔をした少年です。

「へぇ、手越? ふーん、良さそうな子じゃない…。」

 

認めはしたが、いざ中学生女子がファンクラブに入って、コンサートに行きたいとなると、黙って見過ごすわけには参りません。

「一人で行くなんて危険だ👊」

「じゃぁ、お母さんもついてくれば💢」

2008年1月、6人体制のNEWSは初めて東京ドームコンサートが実現しました。

その「NEWS CONCERT TOUR pacific 2007-2008」のチケットが2枚当選して、私はアズキと共にかの地を踏んだのであります。

 

その時は東京ドームの2階スタンド、限りなく天井に近い席でした。でもジャニーズのコンサートは工夫を凝らした演出で、アリーナ席から2階の遠い席まで盛り上がれるのです。長年数々のグループで培った技術力は伊達じゃありません。(^O^)

すっかり場の空気に馴染んで楽しんでいた時に、

手越くんのソロ曲『愛なんて』が始まりました。

その歌唱力の高さよ…。まさに天から降るような歌声に、私は撃たれたのであります。(TT)

 

それから12年…。

NEWSはいろいろありました。これを語らせたら、私は10時間喋っても足りません。

2011年に小山、増田、加藤、手越の4人体制になってからのNEWSが特に好きです。

グループ内の調和がとれて、音楽性も高まった気がしました。

何たって、NEWSの魅力はコンサートに凝縮されていてると思う。

 

手越くんは週刊誌を賑わすスキャンダル(?)も多いし、チャラ男のイメージが定着してしまったけど、ライブで観た彼のパフォーマンスは素晴らしくて、プロ意識も高い。

いつもファンの期待の上をいく、まさに突き抜けた表現者だわ。

 

でも、それはNEWSというホームがあったからではないのか…。

なのに、やめちゃうんですか? 

コロナのせいでツアー開始直前で中止となった「story」はどうするんですか?

私はチケットをゲットしてたんですよーーーー!

大事にしてきたコンサートをやり遂げないで、退所しちゃうんですか?

 

今や終身雇用性なんてありえない世の中だし、タレントが一生一つの事務所に所属し続けなくても良いでしょう。いつかは手越くんだって、ほかのNEWSのメンバーだって退所すると思う。

でも、それが今とは思わなかったが、手越くんには今だったんだね。

一ファンとして、それは受け入れるよ。3人になったNEWSも応援し続けるし、手越くんの今後も見守っていく。

でも、わたくし、当分アズキ相手にグチグチ愚痴を言い続けそうな気がしますわ。

 

 本日アップの貼り絵

「お題方式の貼り絵」です。

(注)「お題方式の貼り絵」とは…。

昨年の夏ぐらいから、おママは貼り絵に使う紙を自分で1から探して選ぶ事が難しくなってきました。それが出来ない時が増えてきました。それで、あらかじめ私が作業机に何種類かの紙や切れ端を出して置き、まるでおママが貼り絵をやり掛けていたと思えるようにお膳立てをする事が増えました。私はこれを「お題方式の貼り絵」と呼んでいます。

 

「お題」はこちら(↓)です。

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1月8日の午後に私が作業机の上に出しておいたら、翌9日におママは制作したようです。

私が実家にいない時に制作されたので、途中経過写真はありません。

それがちょっと残念です。

 

花模様はデイサービスでやった塗り絵を切り抜いたものです。

これは (↓)こちらの作品に使われた残りです。

harienikki.hatenablog.com

 おママの貼り絵を見てくださり,ありがとうございます。

ちょっと待ってよ、おママ❗️&連作の楽しさ

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(2020年4月6日 アルツハイマー認知症の診断から約13年2ヶ月)

 

シルバーカーのジジ

5月の初旬の事。

私はジジとおママと3人で近所に買い物に出掛けました。

ジジはいつもの通りシルバーカーがないと外出できませんから、お天気は選ばないとね。

ジジは昨年よりもゆっくりゆっくり進むようになりました。

一歩、一歩、慎重に、確実に歩むのです。

それでも、たまには歩かないとね。

これ以上弱くなりたくないし、歩けなくなったら余計に辛いもん。

シルバーカーは杖よりも安定感があるから優れものですが、

押して歩いていると、ついつい視線が下を向いてしまうのが難点です。

腰が曲がってくると、余計にその傾向があります。

 

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ジジとシルバーカー(撮影は2019年5月)

スタスタのおママ

かたやおママは認知症歴13年で家族も認識できない状態ですが、

足腰はとても丈夫。

この日、おママは上機嫌で、鼻歌まじりに歩みは軽やかでした。

シルバーカーのジジとその横を歩く私を残して、サッサと先を歩き始めたのです。

(いやだな…、この状況。)

そう思った瞬間です。

ご機嫌でスタスタ歩くおママが小さな交差点を渡ろうとしたら、右から原付が現れたのです。

「おママ、危ない❗️」

幸いな事に、原付はスピードを落としていましたから、大事には至りませんでしたが、危なかったです。肝を冷やしました。

当のおママは後にも先にも全く感知していなかったのです。高齢者の多い町ですから、原付のドライバーさんが十分危険予測をしてくれたおかげだと思います。

私はもっと気を配らなければいけませんでした。

 

ふと、私は隣を歩いていたジジに聞いてみました。

 

「今、おママ危なかったよ。タイミングが悪ければ原付に当たっていたよ。1人で先に歩かせない方が良いね」

「え…、気づかなかった。」

嗚呼、ジジは全く気付いていなかったのね。

シルバーカーを押すジジの視線は下向きだから、前を行く人や左右の状況は気付けないことが多いのでしょう。

3人でも、こんなことがあるんだもの。

やっぱり、2人だけでの外出は、もう、危ないと思った…。

 

 

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おママ❗️ちょっと、危ない❗️

本日アップの貼り絵

制作日の4月6日に、おママは同じ材料から3枚の連作をしています。

(↓)これとこれです。

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(2020年4月6日 アルツハイマー認知症の診断から約13年2ヶ月)

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(2020年4月6日 アルツハイマー認知症の診断から約13年2ヶ月)

 

使った紙は(↓)こちらの記事の作品の材料と同じ広告冊子の別のページでした。

harienikki.hatenablog.com

 (↓)表紙です。

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(↓)今回使ったページです。

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「あら、キレイね〜。」

おママはやはり綺麗なものが好きなのね。(^O^)

 

まずはモチーフを切るところから始めましょう。

今回は貼る事より、切る方に主眼を置いて取り組んでもらいました。

「こんなの切れないわよ。」

なんて言いながらも、結構上手に切り抜いております。

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アイシャドーも切り抜いてもらいました。

(↓)色が綺麗だから心惹かれていますが、おママはこれがお化粧品の写真だという認識はありません。

「これは何かしらね。」

「アイシャドーの写真ですよ。」

「へぇ……。」

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(↓)切り抜いたモチーフを配置しながら、画面構成中。

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やりだすと、連作になりました。

でも、考え過ぎたのかしら?

脳がいっぱいいっぱいになってしまうのか?

随分、おママは疲れてしまいました。(^◇^;)

 

(↓)こんな連作もあります。

harienikki.hatenablog.com

 

おママの貼り絵を見てくださり、ありがとうございます。

コロナのおかげで…、在宅で看取るということ

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(2020年4月27日 アルツハイマー認知症の診断から約13年2ヶ月)

 本日はベラボーに長文です。しかも人の生き死にに関わる話です。ご不快な点もあると思います。

殆ど私の心の整理のために書いた文です。下の方に浅草の写真やおママの制作途中写真があるので、そこまでスルーして下さる方が良いかも知れません。m(_ _)m

 

在宅でなんて…ムリ…。

今回の記事のサブタイトルは「在宅で看取るということ」ですが、私たち家族にはそんな覚悟も心構えもありませんでした。

もし、コロナのせいで面会できない問題がなければ、5月末の病院再開と同時に入院をしていただろうと思います。

 

我が家とクレバァの家は歩いてすぐの距離ですが、住まいは別です。義姉の家は埼玉ですから、クレバァは義父が亡くなってからは一人暮らしでした。

 

ダンナ

「いくら本人が在宅を望んでも、家族ではうまく対処できなかったりするし、病院に入ったほうが本人のためだよ。」

義姉

「ひとりでトイレに行けなくなったら入院なんでしょう。私は実の親でも下の世話はしたくないわ。」

2人はそういうスタンスでした。

そして、私はクレバァの身に急激な下血や吐血があるのをひたすら恐れていました。きっと私の事だから、パニックになりそうです。

娘のアズキは、ただ日々刻々と衰えていくクレバァの病状を注視しているだけでした。

 

そんなヘタレな連中でしたが、なんとかクレバァを在宅で看取れたのは、常に緩和ケアの主治医にコンタクトの取れる訪問看護サービスと、往診の体制が整っていたからです。

 

往診と訪問介護

実に恵まれた環境だったと思います。

訪問看護ステーションはクレバァの家から3分くらいの所にあり、週3回、4名の看護師さんがローテーションで来てくださいました。

 

週3回の丸山ワクチンの注射だけでなく、「Kチューブ」を使ってクレバァの脚の浮腫(むくみ)の対策やマッサージ。身体をきれいに拭いたり、ベッドで寝たまま洗髪もしていただきました。

常に、体調や薬の服用などの相談にも乗ってもらえ、終盤にはオムツ交換だけでなく、主治医に相談の上、必要に応じて潅腸や導尿カテーテルの処置をしてくれました。

 

クレバァは体調が優れなくなってきた4月の半ばから入浴を敬遠していました。

シャワーチェアも購入したので、看護師さん達は自宅のお風呂で入浴介助やシャワーでの洗浄を提案してくれましたが、本人はこれを嫌がりました。

最終的には看護師さんの勧めもあり、ケアマネージャーさん経由で訪問入浴をお願いしました。嫌がっていた割には、これはとても気持ち良かったそうです。

 

メンタル面でも 看護師さん達はクレバァに寄り添ってくれて、本当にありがたかったです。

「入院したくないのに…。」

 そんなクレバァの嘆きに対して、看護師さんは言いました。

「クレバァさんが『入院したくない』と、しっかりとした意思表示をしているのに、誰も勝手に入院なんてさせられないんですよ。私達看護師でも、たとえお医者さんでもです。」

「そうなのね…。」

それを聞いた時、クレバァは目を輝かせて微笑を浮かべたのです。

その時、私も腹を括りました。

 

私はそれほど下の世話に抵抗はありません。

まだ少女の頃、実家は在宅で祖母を看ていましたから、おママがオムツ替えをしていたのを見ています。見ていたから出来るというわけではありませんが、やっていれば慣れるだろうと思いました。

ただ、私が恐れていた突発的な下血、吐血の場合、どのようにしたらいいかです。体力も落ちて衰弱した状態で起きたら、まず助からない可能性の方が濃厚です。

「そのようなことになったら、まず救急車ではなく、直ぐに訪問看護ステーションに電話を下さい。たとえ深夜でも対応します。」

その看護師さんの言葉を聞いて、私は大船に乗った気になりました。

 

主治医の往診は週1回でした。

先生はクレバァを診察して、薬の変更したり、家族だけには詳しい病状を説明して下さいました。しかし、クレバァにとって、往診の時はある種の発表会だったのでしょう。

 

先生の考える入院を判断する目安は

「家庭ではもう難しくなったと思われる時期、1つの目安はご自分で御手洗いに行く体力がなくなってしまった時です」

と言われています。

harienikki.hatenablog.com

だから先生が見えた時に、クレバァは、わざわざトイレに行くのでした。

最初の往診の時(5月21日)は杖をつき、ゆっくり時間をかけながらもクリア。

2度目(5月28日)はレンタルで設置したばかりの手摺(廊下とトイレ)に縋り付きながらもクリア。先生の前では気丈に振る舞うクレバァでした。

しかし、この2度目の往診が先生の考える入院の時期だったのだと思います。

先生はクレバァ自身の意思を確認されました。

「入院はどうされますか?」

「イヤです。」

すると一緒にみえた訪問看護ステーションの看護師さんがキッパリ言いました。

「先生、この通り御本人は在宅がご希望です。ご家族はとても協力的で手摺やポータブルトイレも入れて、夜もどなたか必ず付き添っていらっしゃいます。」

「そうですね。ご本人もご家族と一緒がいいですね。入院しても、あまりいいことはありませんし。」

しかし、この日の帰り際に先生は私とダンナに仰いました。

「食べられなくなってきたようですから、来週、伺う時には、もう寝たきりになっていても不思議はありません。」

私も覚悟が決まりました。

 

この日を境に主治医と訪問看護師さん達は「本人の意思を尊重して、最後までクレバァを在宅で看病する」という方針を固めたようです。なぜかというと、サポート体制が手厚くなったからです。

浮腫んで重くなったクレバァの身体は大変重く、しかもそれを支える力はクレバァ自身にはありません。導尿カテーテルが付いてからは、お小水は問題ありませんが、食べていなくても、カスのような便は溜まって吐き気を誘発するそうです。自然に出せなければ、日に一度は摘便もした方が良いとの事。

「オムツ替えが奥さん(チャーコのこと)のご負担になるようなら、訪問看護の回数を増やして、毎日午前中1回は私たちがやりますよ。」

私は迷わず「毎日お願いします」と答えました。

そうです。ケアマネさんだって、訪問看護だけで足りなければヘルパーさんを頼む手もある」って言っていたし、なんとか在宅でいけるかもしれない。そんな風に思えてきました。

 

ローテーション

 5月26日火曜日以降、クレバァは1日の中で何回か吐き気にみまわれるようになりました。痛みが強くなって、夜中にも適宜に鎮痛剤を飲ませる必要もありました。しかも相変わらず、夜は何度か杖をつきながらトイレに行くのです。そのため夜中も誰かが必ず見守ることにしました。

最初は私がやっていたのです。でも、すぐに義姉とダンナがローテーションに入ってくれたので助かりました。

 

義姉は仕事もあり、その他にもサークル活動もあり、普段は忙しく飛び回っています。

それが今年はコロナ(COVID−19)の影響でそれらの予定が全てキャンセルになったとか…。図らずもコロナのおかげで義姉の手を借りられたのは良かったです…。

コロナ禍で良かった事なんてあるんですね…。(^◇^;)

 

しかしながら、泊まり込みをやって2度3度となると(いやまだ、たったの数度ですよ‼️)ダンナも義姉もお疲れのようでした。確かに疲れますが、だからと言って、本人の嫌がる入院を主張するのも如何なものか…。

 

上記の2度目の往診の日(5月28日)以降、クレバァが1日に食べられたのは朝夕のみお粥2サジ、調子が良ければメイバランス半分でした。

心配は心配だけど、自然と食を受け付けなくなり、貼り薬のフェントステープで痛みを緩和しながら徐々にダウンしていく。

もう、自宅で緩和ケアをやっているのです。もはや入院させる意味もない。

 

それに、2人の言い分はクレバァの為を思っての発言ではありませんでした。

ダンナは

「チャーコの体調が心配だから、もう入院させた方がいい。」

義姉は、

「チャーコさんが倒れたらいけないから、もうお母さんには入院してもらおう、もしも(チャーコが)病気になってアズキからお母さんを奪うことになったらかわいそうだわ。」

 

いえいえ、違うでしょう。

私のために自分の母親を入院させるんですか?

私のせいですか‼️

アズキだって25歳ですよ。子供じゃないんだから…。

入院したが最後、今生の別れなんですよーーーー‼️

実の母親が日に日に衰弱していくのを見るのが忍びないのかも知れませんが、

2人とも私の為とか言いなさんな‼️

はっきりと、自分達がもうギブアップだからと認めたらどうなのよ‼️

 

私は無性に腹が立ってきました。

訪問看護を更に充実させて、在宅介護の体制は整いつつあるのです。今更なんなの。

状況をちゃんと見てよ。

だから、私は泣き落としにかけようと思いました。

 

「至らないお世話ですけど、ここまでやってきて、情が移ったと言うか…。入院させるのは嫌です。そんな事をしたら、私は一生、後悔します。罪の意識に苛まれるから嫌です。」

 

「ありがとう❗️チャーコさん。そこまで思ってくれて、お母さんもきっと喜んでいるわ。でも、もうこれ以上はムリよ。次の木曜日に先生が往診に見えたら必ず入院を頼みましょうね。」

 

ダメだこりゃ…。

「どうしても入院させたいなら2人で義母さんを説得してくださいね。」

「…………。」

 

予言者

5月30日土曜日。

この頃のクレバァは、もう1日の大半を眠っているような状態でした。

血中酸素濃度も91%くらいになりました。しかし、酸素吸入を勧められても、クレバァは拒否しました。

 

でも、この日は昼にアズキの彼氏が会いに来るので、朝からメイバランスを半分の飲むことが出来ました。そして、お待ちかねの彼氏がやってくると、

「我がままな子ですけど、よろしくね」

などと気さくに話していたそうです。

彼氏が帰ってから、クレバァは私にしみじみと言ったのです。

「後、5日くらいかしらね。」

「何がですか?」

「お迎えがよ…。」

「いくらなんでも、後5日間と言うことはありませんよ。もっと先です。」

「後、5日くらいだと思うわよ。」

 

クレバァは弱気になったようにも思えますが、まだまだ強気も残っていました。

亡くなる2日前の夕方、仕事を終えたアズキが見舞いに来た時に、上機嫌になったクレバァは私に言いました。

「トイレをするわ。」

「おしっこは管に流れるんでする必要はありませんよ。ウンチですか?」

「そう!」

誰だって最後まで自分でトイレに行きたいのです。私は情にほだされて、ついついOKしてしまいました。「よっこらしょ」とクレバァを抱きかかえてみたら、

なんと重いのでしょう。

ベットに接して置いたポータブルトイレへの往きは良い良いですが、綺麗に拭いてあげる事もできず、果てはベットの縁に置いていたオムツの所まで戻ることが出来ませんでした。

しかもベッドに倒れ込んだクレバァは柵に頭をぶつけるという2次被害を蒙りました。

アズキと2人がかりでしたが、ニッチもサッチも身動きが取れなくなり、結局訪問看護師ステーションに助けを求めることになりました。私の安易な判断が結果的にクレバァの苦痛を増やしてしまったという…、本当に情けなかったです。

 

家族に見守られて

土曜日の翌日から起算して、日、月、火、水、木。

6月4日木曜日はクレバァが予言した日です。

 

朝からクレバァは口を開けて重く激しい呼吸をしていました。それはぐわっぐわっと音を立てている呼吸です。

目はすでに瞬き見せずに開いたまま宙を見つめて、誰が声をかけても反応しませんでした。

急ぎ、訪問看護ステーションに電話をすると直ぐに2名体制で来て下さいました。

血中酸素濃度は90%を切り、丸山ワクチンを注射して、下の洗浄、身体拭き、浮腫対策のマッサージだけして、もう「Kチューブ」はつけませんでした。

「「Kチューブ」はもう良いのですか。」

「もう良いと思います。それから、この状態になると、水を飲ませるのもかえって危険です。今日は娘さん(義姉)はいらっしゃるのですか?」

「はい、午前中には着くと思います。」

「良かったです…。何かありましたら、すぐに連絡ください。直ぐに参ります。」

私には分かりました。もう浮腫対策の弾性包帯で圧迫するより楽にしていた方が良いのでしょう。

(クレバァ…、予言通り、今日なんだね…。)

私は一瞬気が遠くなりました。

 

この日は3度目の主治医の往診日。

先生は既に看護師さんから状態を聞いていたのでしょう。聴診器で心臓、肺を確認しました。

「もう心臓もだいぶ弱っています。肺も動きが弱くなっていて、気管のあたりを中心に呼吸をしているような状態です。もう、このまま、静かに見守ってあげて下さい。ご家族にとって、大変な時期は過ぎてしまいましたし、この先ご家族が恐れていた事態(吐血下血)もありません。呼吸はこの先、徐々に浅くなったり、乱れてくると、段々に止まっていきます。」

義姉は相変わらずだわ。

「先生、入院は?」

「もう、入院する意味がないです。受け入れても良いのですが、今動かして御本人に負担をかけるのも忍びない…。それよりご家族で安らかに見送って頂いた方が良いと思います。私はその時が今夜でも驚きません。」

「先生、フェントステープは決められた時間には貼り替えた方が良いですか?」

「他のお薬は要りませんが、テープだけは貼り替えて下さい。」

「瞬きもしないこの状態ですが、本人は意識があるのでしょうか?」

「意識があるとはいえませんが、音は最後まで聞こえると言われています。お声を掛けて、手などさすって差し上げて下さい。その方がご安心だと思います。呼吸が止まったかなと思ったら、訪問看護ステーションに連絡ください、私も遅れるとは思いますが、また来ますから。本当に御家族で良くお世話をされたと思います。」

 

先生を見送った後、

何を思ったのか?

ダンナと義姉は2階のリビングに行ってしまい、どうやら休憩タイムのようです。

それで、私がクレバァの側で先生のお話をノートに纏めていると、時折、激しい声の様な息遣いがありました。

「お義母さん!安心して、みんないるよ。ここにいるから、1人じゃないよ。」

何度か声をかけ続けていますと、少し呼吸が浅くなっ来ました。私は階段下から叫んで2人を呼び、直ぐに家に帰ってリモートワーク中のアズキを連れてきました。

実の子供達と孫に囲まれて、クレバァは静かに息を引き取りました。

 

駆けつけた訪問看護師さん達によって呼吸と心臓が停止しているのが確認されて、後は主治医が死亡を確認するだけなのですが、往診中なので直ぐには来られないとの事。

それまでの間に、クレバァは身体を綺麗にしてもらいました。3週間ほどの事でしたが、クレバァは看護師さん達をとても信頼していました。最後にその方達に身体や髪の毛を綺麗にしてもらいホッとした事でしょう。私も身体を支えたり、温かいおしぼりを作ったり、いつもの様にお手伝いをしました。

髪の毛をドライヤーで乾かしている時、看護師さんが声を上げました。

「あら!クレバァさんったら❗️

ねぇ、見て見て。ほら❗️にっこり笑ってるわ。」

気持ちよさそうに微笑んでいるクレバァを見て、私も久しぶりに肩の荷が降りて、

少しだけ涙が出ました。

 

後日、娘のアズキがしみじみ言いました。

「コロナのおかげでリモートワークだったから、私はおばあちゃんの死に目に会えたんだね…。」

コロナに翻弄されたクレバァの闘病でしたが、最後はこれで良かったのだと、

私は確信しています。

 

浅草散歩

この御時世ですから、お葬式も簡略にしました。納棺士さんは頼みましたが、斎場では火葬のみを行い、お骨を持って菩提寺に行き、お坊さんにお経を上げてもらって終わりです。参列したのもダンナ、私、アズキと義姉夫婦のみ。

 

お葬式前日には義姉への会葬御礼を浅草の松屋に買いに行きました。

なんだか、久しぶりの浅草散歩です。クレバァは生まれも育ちも台東区。浅草界隈は子供の頃から良く出かけた事でしょう。

供養になるかも知れないから、写真をパチリ。

 

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 (↑)浅草寺本堂から境内を臨む。私の好きな風景です。

 

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 (↑)青々と葉を繁らせた戦災公孫樹。3月にアズキが想像で繁らせたイラストと似ていました。今年も浅草寺の戦災樹木は元気です。(^。^)

因みにクレバァは東京大空襲の時は群馬に疎開をしておりました。

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harienikki.hatenablog.com

 

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 (↑)私にとって浅草の街といえばこの風景。松屋デパートから見た東武線の高架。江戸通りの上を電車が走るのです。(^O^)

 

本日アップの貼り絵

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おママの貼り絵を見てくださり、ありがとうございます。

丸山ワクチン&クレバァの薬など

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(2020年4月27日 アルツハイマー認知症の診断から約13年2ヶ月)

 

おママとは関係はないのですが…。

この1ヶ月半、クレバァの闘病は私にとっても大事な時間だったと思います。

今回は使った薬や弾性包帯などについて、そして次回は訪問看護について忘備録的に書き留めようと思います。

 

丸山ワクチン

昨年秋に義母クレバァは胃癌ステージ4と診断され、肺や他臓器への転移も認められていました。

手術も抗がん剤も拒否して、少しでも長く在宅で穏やかな時間を過ごしたい…。

しかし、気休めでもいいから何かやってみたい…。

それで、歩いて3分の掛かり付け医のところで、週3回丸山ワクチンを注射してもらっていました。

 

丸山ワクチンを最初に勧めたのは私です。

実家のご近所に癌を患い、使っていた人がいたのです。

その方は手術や抗がん剤治療をやったけど、再発や転移は防げなかった。もう抗がん剤治療も嫌になり、全ての治療をやめてしまったそうです。

「でも、何か治療みたいな事をしないと女房がうるさくてね。私の場合、別に治るとかじゃないし、順調に(癌細胞は)お育ちなんですけど、始めたら体調が良いんですよ。」

www.nms.ac.jp

この方はもう亡くなりましたが、数年間はお元気でした。そして、根津の日本医科大学まで御自分で丸山ワクチンを買いに行ってました。

 

丸山ワクチンは癌を完治できるものではないと思います。

進行を遅らせる、自覚症状を和らげたり改善させる効果があれば良いのではないかしら。

私はその方を思い出して、一縷の望みを託し、クレバァに勧めてみました。

 

丸山ワクチンは私が子供の頃からニュースでも取り上げられていましたが、未だに承認されていません。

有償治験薬なのです。

A剤10本、B剤10本を1クール(約40日分)として9000円です。

他にかかるのは掛かり付け医で注射を打つ費用だけです。べらぼうな出費ではないと思います。

ただ、承認されていないという事、効果が確実にあるとは言い切れない事などがネックとなり、丸山ワクチン自体に理解のあるお医者さんはそう多くありません。

普段の掛かり付け医でこれが出来たというのは、クレバァにとって幸いだったと思います。

 

その効果はどうだったのか…。それは実際のところよく分かりません。(^◇^;)

それでも亡くなる1ヶ月半前までは、週3回クレバァは歩いて通っていました。

そして、3週間前までは車椅子を借りて注射をしに行きました。

以後、訪問看護を始めてからは、自宅で看護士さん達に亡くなる当日の朝まで注射して頂きました。

徐々に食欲は衰えましたが、クレバァが介護ベットのお世話になったのはたった3週間。それまでは割と普通の生活を送っていたと考えれば、丸山ワクチンは充分プラスに働いていたのではないかと思います。

 

クレバァの闘病に使った物と薬について

 ①Kチューブ

クレバァの癌細胞は転移先の肝臓で大きくなり数も増えてしまいました。4月中旬の検査結果を聞きに行った時、かかりつけ医の先生は

「今後肺やお腹に水が溜まり、体が浮腫んでくるでしょう」と仰っていました。

実際4月の下旬にはクレバァの脚はひどく浮腫んで室内を歩くのもひと苦労になったのです。

浮腫には弾性包帯で巻き上げるのが良いようですが、これには巻く技術が要ります。にわかで素人な私には難しいと思われます。そこで看護師さんが勧めてくださったのが「Kチューブ」でした。

https://batelplus.jp/wp_hp/wp-content/uploads/2018/10/K_tube_catalog_2018.10.pdf

 柔らかくて手触りが良いので、それほど圧迫感がないのかと思いきや…、圧迫効果はかなりな物でした。私が履かせようとして、均一にフィットさせるにはかなり力が要りました。

クレバァ自身の感想としては、

「寝ている時はとても感じが良くて楽。でも、歩いておトイレに行く時は脚がとても重く感じて辛い。」

 

嫌なことははっきりと嫌と言うクレバァが亡くなる日の朝まで着けていられたのですから、やはりKチューブをしていた方が心地良かったのかも知れません。

 

ただ難点は端っこが丸まってしまい、そこが当たっている部分は圧迫が強くなってしまうと言うことです。そのため、1日に数回は丸まった端っこを伸ばしてあげる必要がありました。

 

②フェントステープ

フェントステープは痛み止めの貼り薬です。

医療用麻薬ですが、モルヒネよりは副作用が少ないようです。

 

飲み薬の鎮痛剤はトラマールを処方されましたが、亡くなる2週間ほど前から腹部の痛みが強くなり、飲み薬では苦痛を和らげるのが難しくなりました。

その為、主治医の往診の時にフェントステープ1mgが処方されました。

毎日1枚、24時間おきに貼り替えます。

ただ最初に貼って効き始めるのに1日近く時間がかかるので、初日は痛みが強かったようです。トラマールを3回に分けて服用させ、痛みを緩和しました。

 

しかし、クレバァは1枚ではあまり効かなかったので、1週間後には1日2枚(合計2mg)に増量されました。

それからは痛みを訴えることは少なくなりましたが、気持ちの悪さは残っていました。そして、眠気が強くなるせいか、昼も夜も眠っている時間が多くなりました。

clinicalsup.jp

www.interq.or.jp

フェントステープに含まれるフェンタニルは合成オピオイドです。

(↓)合成オピオイドについて

www.jspc.gr.jp

 

③導尿カテーテル

導尿カテーテル尿道と言われる膀胱からの管に挿入して、膀胱にたまった尿を排出させるためのチューブです。) 尿は直接導尿チューブを通って尿は採尿バッグに入ります。

入院時の手術後など、おトイレに行かれない時に付ける事が多いですね。実は私も帝王切開の後で経験しています。(^O^)

(在宅でも付けられるんだ…。)

と無知な私や義姉は驚いたものです。

食事が殆ど摂れなくなったクレバァは立ち上がり力もなく、便だけでなく尿を排泄する力も亡くなったので、亡くなる6日前に挿入されました。

 

しかし、クレバァはその現実を理解できないのか、理解したくないのか分かりませんが、

「この管は何?」「そんならおしっこはどこでするのよッ❗️」「何でおしっこの量を計っているの?」などと毎日何度も質問してきたのです。

私は正直に答えましたが、その度にがっかりな顔をするクレバァが気の毒で胸が痛みました。

 

次回に続く

 

本日アップの貼り絵

姪のユズちゃんがくれた包装紙です。

浅草の豆とかりんとうの専門店「かりんころん」のパッケージデザインは素敵ですね。

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(↓) マーブルペーパーを細かく切っております。 

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(↓)糊付しながら更に構成を練り直すおママ

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おママの貼り絵を見てくださり、ありがとうございます。

虚無と喪失感

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(2020年3月23日 アルツハイマー認知症の診断から約13年1ヶ月)

 

Twitterで1度だけ呟いてはおりましたが…、

私の義母クレバァが6月4日に永眠いたしました。

本人の希望通り、自宅で闘病し終えました。

家族に囲まれての安らかな最後だったので、私もほっとしています。

 

葬儀も済んで、お骨になったクレバァを連れ帰ったら、身体が思うように動きません。

食欲もあるし睡眠も取れているはずなのですが、

心も頭もポッカリと空洞になってしまったようです。

 

時間ができたらと思っていた描きかけのイラストも、まったく筆は進みません。(実際はApple Pencilですが)

クレバァの闘病について、忘備録的にブログにまとめておこうと思うのですが、一語一句思い浮かびません。

 

私の頭は現在、虚無です。

義母の闘病が終わったら、楽になるかと思っていましたが、とんでもない。

日ごとに喪失感が増しています。

1日に何度もお線香を上げたりしているんですよ。(^。^)

 

昨日(6月8日月曜日)10日ぶりに実家へ行きました。

ジジとおママがこの夏を快適に過ごせるように、オネコが部屋の模様替えを勧めていましたが、話を聞いてもさっぱり頭に入りません。

 

まだクレバァがいた頃、娘のアズキがこんな事を言っていました。

「クレバァが入院したり、亡くなったりしたら、お母さんは廃人になるよ。

それが心配…。」

その時は、「そんなこたぁ、ないさ」と笑って言っていたのですが、

アズキの杞憂が現実となったか⁉️

 

何でしょう…。このスカスカした感じは…。

今しばらく、私はスポンジ状態かもしれません。(°_°)

 

本日アップの貼り絵

まだ寒い三月下旬の作品です。

これは「お題方式の貼り絵」です。

 

※「お題方式の貼り絵」とは

昨年の夏ぐらいから、おママは貼り絵に使う紙を自分で1から探して選ぶ事が難しくなってきました。それが出来ない時が増えてきました。それで、あらかじめ私が作業机に何種類かの紙や切れ端を出して置き、まるでおママが貼り絵をやり掛けていたと思えるようにお膳立てをする事が増えました。私はこれを「お題方式の貼り絵」と呼んでいます。

 

それで、今回の「お題」とは…、(↓)こちらです。

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2月に私が小津和紙で購入した千代紙を使っています。

浴衣の反物をつなぎ合わせたような楽しい柄です。

 

(↓)私が気がついた時は、あっさりデザインを決めていました。

他の紙を使って2作目を考えていたようですが、私は1枚目を仕上げて欲しかった。

 

「デザインが決まったなら、まず先に糊を付けちゃいましょう。」

「そうね。」

私はそろそろ帰らなければいけないのですが、せっかく素敵な構成だったので、糊付けを見守ることにしました。

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この日は調子が良かったのか? パーツを持ち上げないで、めくりながら糊をつけていました。おかげでシンメトリーはバッチリでしたね‼️(^O^)

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www.ozuwashi.net

おママの貼り絵を見てくださり、ありがとうございました。

特別定額給付金の申請書を投函しました‼️&近況報告

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(2020年3月27日 アルツハイマー認知症の診断から約13年1ヶ月)

 

近況

ちょっと更新に間が空いてしまいました。(^◇^;)

胃から肝臓にガンが転移した義母クレバァの闘病サポートのためです。

 

義母クレバァは…、昨年秋に告知を受け、その後、今年春まで体調は安定していました。

ところが、ちょうどコロナの問題が始まった頃から、状況が変わってきたのです。

 

容体が急変したので、大急ぎで介護保険の認定区分を見直すために再申請をしました。

そして、5月の連休明けに介護ベットを借りて、訪問看護サービスを受けるようになりました。

その頃、外出は車椅子でしたが、家の中では杖や歩行器を使いながら、歩いて食卓やトイレに行っていたクレバァ。

しかし、急激に体調は下降線を辿り、5月末には寝たきりになってしまいました。

1週間で「布パンツ→リハパンツ→紙おむつ」という急激な変化に、本人も家族も体力的、精神的についていかれません。

 

COVID−19のクラスターにより3月から5月下旬まで、クレバァの主治医のいる病院は閉鎖されました。当初、家庭では看病できなくなったら、その病院の緩和病棟に入院を予定していたのですが、恐らく在宅で看取る事になると思います。

病院自体は再開されましたが、入院したらコロナの感染防止のために、家族は面会できません。

そのため、クレバァは強固に入院を拒否しています。それだけでなく、住み慣れた家から勝手のきかない病院に入るのは誰だって嫌ですもんね。

しっかりと患者本人が意思表示ができて、ホスピスではなく在宅を強く望んだら、突発的な急変がない限り入院は強制できませんわ…。

それで、私はダンナと義姉と日替わりで、夜の泊り込みを始めました。

 

そんなこんなで、ブログの更新も滞っております。

気分転換になるので、読者登録をさせていただいているブログへは、なるべくお伺いしたいです。

 

ちょっと嬉しいね

上記の事情により、クレバァの状況がかなり緊迫していたので、

今週は実家へ一度も行っていません。(^◇^;)

ジジやおママは元気かな?

近くに住むオネコが時々2人の無事を知れせてくれます。

月曜日にはジジとおママの特別定額給付金の申請書や添付書類を付けて投函してくれたそうです。

 

時を同じくして、我が家とクレバァの家でも申請書類が届き、投函の準備をしていました。

クレバァったら…。

元々頭は確かなので、特別定額給付金についての知識はバッチリです。

今週の日曜日(5月31日)に書類を見せたら、

「あの10万円でしょう❗️」

とペンを手に、フニャフニャになりながらも署名と住所を記入していました。さすがに口座情報はダンナが書きましたけど、クレバァにとっては大変な頑張りだったと思います。

 

なんのかんの言っても、この10万円、ちょっと嬉しいです。(^O^)

 

しかし、その日曜日(5月31日)に、ペンを握っていたクレバァの手は、数日後の今ではスプーンを持つ力もありません。

そして、言葉だけでなく声もあまり出なくなってしまいました。(TT)

 

harienikki.hatenablog.com

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おママはどうしてる?

私が行かないので、きっと貼り絵はやっていないと思います。

もしかしたら、おママはもう貼り絵制作が出来なくなるかも知れませんね…。

でも、元気でジジとデイサービスに行っているようです。

オネコがLINEで写真を送ってくれました。

「デイサービスでスクラッチアートを買ったとかで、削っていたよ。」

楽しそうですね。

おママはこういうの好きかもしれません。(^O^)

今週の金曜日に、もし、実家に行かれたら、どこまで削れたか見せてもらわなくっちゃ❗️

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本日アップの貼り絵

私が実家へ行かなかった日に制作されたので、途中写真はありません。

残念です。(^◇^;)

3月27日に制作されましたが、今の季節にぴったりな貼り絵だと思います。

紫陽花柄の包装紙はやさしげなふんいきでした。でも、どこの包装紙かは不明です。

中央はマーブルペーパーから切り抜いたのだと思います。

 

おまけ

華麗なる円舞を見るような、素敵なガクアジサイです。

その名も「ダンスパーティー

御近所で見つけました。(^O^) あまり綺麗なので写真に撮らせて頂きました。

m(_ _)m

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おママの貼り絵を見てくださり、ありがとうございます。

月末企画❗️今月のイチ押し‼️(2020年5月版)昔の名残が大活躍!

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(2020年5月29日 アルツハイマー認知症の診断から約13年3ヶ月)

 

『月末企画❗️今月のイチ押し』とは…。

 このシリーズはその月におママが制作した貼り絵の中で、私やオネコが1番気に入った(面白いと思った)作品をご紹介するものです。

「月末企画❗️今月のイチ押し‼️」というカテゴリーがあるので、もし、ご興味があれば、他の月の「イチ押し」もご覧下さいませ。m(_ _)m

 

おママは今月5月29日現在で22枚の貼り絵を制作しました。

その中から「今月のイチ押し‼️」を選ぶ判断基準は⬇️こんな感じ…。

 

①綺麗もしくは興味深い作品。

②制作エピソードがある。

③制作途中の写真があれば尚良し。

④おママの独自性が強い作品 

 

今回も①②③④に該当します。(^O^)v

 

5月も先月に引き続き、私は週2回しか実家へ行っていません。

いえ、実際は義母クレバァの闘病サポートもあり、週1.5日くらいでした。

オネコさんも在宅ワークや孫ちゃん達の事があり、何かと忙しい。

そんなこんなで、今月はオネコと「イチ押しミーティング」をする機会もなく、

私の独断で「今月のイチ押し‼️」を決定致しました。

 

今月も先月と同様に、おママは自分から貼り絵に取り組む事ができなくなっています。

そして、やはり「お題方式」も上手く機能していません。(^◇^;)

 

 しかし、私が実家へ行った時に、おママが興味を持ちそうな紙を用意して、切り抜く作業から始めれば、自然と貼り絵に進んでいきます。つまり、おママと一緒に「お題」となる紙片を作っていけば、まだ制作が可能です。(^O^)

 

 (注)「お題方式の貼り絵」とは…。

昨年の夏ぐらいから、おママは貼り絵に使う紙を自分で1から探して選ぶ事が難しくなってきました。それが出来ない時が増えてきました。それで、あらかじめ私が作業机に何種類かの紙や切れ端を出して置き、まるでおママが貼り絵をやり掛けていたと思えるようにお膳立てをする事が増えました。私はこれを「お題方式の貼り絵」と呼んでいます。

 

18年前に、おママの歴史を感じる

私が「今月のイチ押し」に選んだ作品ですが…、

2枚のマーブルペーパー以外は、全て薄く削いだ皮革です。

 

前々から古くて妙なクリアケースが、おママの作業机の上で埋れていました。

その中身が何かというと、薄く削いだ革の切れ端です。

昔、50代後半から60代にかけて、おママはルリユール(ヨーロッパの伝統的な製本技術)を習い、その技法の一部である革のモザイクと工芸金箔に取り組んでいました。

これはその時の名残なのです。

 

5月29日金曜日の午後、私は「お題」にするべき材料に窮して、このクリアケースを手に取り、開けてみました。

(↓)こんな感じです。

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harienikki.hatenablog.com

 (↓)ひっくり返してみると、こんな感じでした。

あら…⁉️ディズニーシーのパスポートがありました。それも、2002年6月11日の日付。今から18年前です。

おママは68歳。ちょうど革のモザイク技法や工芸金箔の技法に取り組んでいた時期と一致しますね。

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( おママ…、この日、誰とディズニーシーに行ったのかしら?)

私は以前、千葉県に住んでいました。わりと浦安には行きやすかったので、娘のアズキが小さい頃はよくディズニーランドやディズニーシーに出掛けたものです。

ジジとおママを誘って出掛けた事も2度くらいありました。

(その時のかしら? それとも、オネコの家族と行ったのかしら?)

恐らくね…。

ディズニーランドは体力的には疲れるけど、おママも楽しかったのだと思います。だから、入場券を記念に残していたのでしょう。(^O^)

 

この「お題」に夢中!

 そんなノスタルジーに浸っている場合ではありません。

「お題」にするんだから…。(^O^)

おママと2人で中身を出してみると、

「あら、いろいろあるわね、これ、どうしたのかしらね。」

おママさんよ…。

どうしたもこうしたも…、クリアケースに切れ端を貯め込んだのは貴女でしょう。

「ほら、触ってみると分かるけど、これは革よ。紙じゃないの。」

「へぇ〜、そうなの?」

イマイチ、自分が大事にとって置いた事はお忘れのようですが、すっかり「お題」は気に入ったみたいです。(๑˃̵ᴗ˂̵)

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 「これをああして、こっちはこうしてみて…、どうかしらね…。」

試行錯誤中です。

切れ端は文字通り、必要な物を切り取った残りです。だからこその特有な形をしているから、思いがけない面白さがあります。

 革だから紙と違って、多少伸ばしたり開いたりしても千切れません。

円形を型抜きした物も有りますね。

おママは夢中で構成を考えていました。

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これに決めます

ものの4〜5分で、おママはデザインを完成させました。

「これで糊付しますか?」

「これに決めます。」(↓)

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 「面白いですね。カッコイイですよ。」

「そうかしら。」

おママは嬉しそうに顔を綻ばせました。

 

でもね…。糊付をする時に、大きく変わってしまうのはいつもの事です。

なにせアルツハイマー認知症歴13年のおママですから。

せっかく配置しても、糊をつける為に画面から持ち上げたら最後、何処に貼り付けるのか忘れてしまいます。(°▽°)

 

問題発生❗️

貼り絵の左半分を糊付けし終わった時、問題が発生しました。

中央のメインパーツである肌色の舟形を、おママが持ち上げて裏に糊をつけようとした時、実はこれは赤い革の裏面だった事が判明したのです。(^◇^;)

おママは、肌色を念頭に置いて他の配色を決めました。だから、これは大問題❗️

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(↓)舟形を表面の赤にするとこんな感じ。 

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 (↓)当初の配色はこんな感じ。

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 「どうしよう。どっちがいい?」

流石のおママも困惑気味です。何度も舟形をひっくり返して赤にしたり肌色にしながら悩んでしました。

「どっちでも良いわよ。おママの好きな方を決めてよ。」

こんな事を言うと、アルツハイマー認知症の人は余計に悩みそうですが、これは私の作品ではないから、おママに決めてもらわないといけません。

私は内心、肌色の方がいいと思いましたが…。

 

おママが選んだのは、赤い表面でした。

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 そして、何を思ったのか、小さな黄色い革にハサミを入れ始めました。

鳥のような、花びらのような、フォークのような⁉️

不思議な形を切って、赤い舟形と三角の間に貼りました。

これが画面に緊張感をもたらしているようで、結果的には良かったのではないかしら?

(^O^)

 

紆余曲折ありましたが…。

兎にも角にも、昔の名残が宝物に変じたような作品を、

「今月のイチ押し」に決定‼️

👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏👏


おママの貼り絵を見て下さり、ありがとうございます。