(2021年1月8日 アルツハイマー型認知症の診断から約13年11ヶ月)
*緊急事態宣言から1年
4月に入ってから、去年の事をあれこれ思い出しております。
最初の緊急事態宣言が発令されたのは2020年4月7日でした。
得体の知れない疫病が世界中を席巻しつつあった。
ニュースで流れる海外の医療崩壊した状況。
同じ事がいつ日本でも起きてもおかしくない。
あの頃は不安で不安でしょうがなかった。
その前から学校は休校、一般企業ではリモートワークがまだなかなか進まず、否応なく人々は不安のどん底に落とされていました。
マスクと消毒薬は手に入らず、スーパーから保存の効く食品が消え失せました。
その中で、懸命に不織布のマスクを煮沸消毒しながら繰り返し使ったり、布マスクを工夫して作ったり、消毒液を家庭用漂白剤を薄めて代用してみたり、工夫をしながら生きていました。
我が家は東京屈指の観光地に隣接しています。
外国人観光客が消え、日本人の買い物客が消え、いつもは平日でも賑わっていた街が死んだようになりました。
昼なのに閑散とした浅草寺と仲見世。あの光景はかなり衝撃的で、一生忘れることはないと思います。
当時、癌闘病中だった義母クレバァが末期に入院するはずだった病院は、大規模クラスターで閉鎖されてしまったのです。在宅で日々悪化していくクレバァと向き合う日々は、私にとって緊張と不安でいっぱいいっぱい。まさに溺れかかる寸前の闇雲にもがいている心境でした。
あれから1年。
東京の新感染者数は当時より多いです。
今も不安といえば、不安です。
この1年、コロナの最前線の医療機関や保健所で働く方々の御尽力と、自分たちで出来る予防策をとってきた日本人のお陰で、なんとかここで踏み止まっているという状況だと思います。
コロナに打ち勝てた状態ではないし、まだワクチン摂取も進んでいない。
油断はできないし、完全にコロナ前に戻るわけにもいかない。
でも、コロナとの戦いはまだまだ長期戦になりそうです。
各人が最善の予防策をとりながらも、活動していかないと、生きていけない。
これからも、感染予防のために出来ることをやり、三密を避ける心構えは忘れない。
そして、気を付けながら活動していく。
この、相反するような2つの面を心に持ちながら、生きていきたいと思っています。
(^。^)
*本日アップの貼り絵
1月8日の午後。
おママはぼんやり気味で、今ひとつはっきりしません。
(°▽°)
何気におやつの個別包装紙で鶴を折ろうとしていましたが…。(↓)
何か貼り絵の材料になるものはないかな…。
私はそんなことを思いながら、おママの作業机を物色していますと、
見つけたのです❗️
良いものがありました❗️(↓)
直角三角形が2つ。それも同じように二つ折りになっていました。
おママったら、いつ、この紙を切って二つ折りにしたのでしょう?
もしかしたら、かなり前かも知れません。
私がそう思ったのは、一昨年にオネコが元になる紙を持ってきた記憶があるからです。
その当時、私は記録として撮影しておいたから確かです。(↓)
「松竹歌舞伎会」の会報誌の表紙です。
「表紙が綺麗だから、使ってね。」
オネコがそう言ってくれたのですが、それきり行方不明になっていました。
それで、2年以上の時を経て、「お題」にしてみました。
三角形の大きさは写真の端にハガキが映り込んでいるので、なんとなくお分かりになるでしょうか。そんなに小さい物ではありません。
*リバーシブル
下の写真ですが、上が表面、下が裏面です。
どうやら、表紙の裏側はチョコレートの広告だったようです。
(↓)おママは早速、直角三角形を半分にし、さらに半分に切りました。
そして、並べて構成し始めました。
表も裏もそれなりに綺麗です。おママはどっちを優先して使うかしら?
どうも、ごちゃ混ぜのようです。
おママの気分次第ですね。
糊付けをしながら、デザインはどんどん変化していきます。
表の「梅」と 裏の「チョコレート広告」が違和感なく共存しているのが面白いです。
おや?
梅の花を切り抜いて、どこに配置するのでしょうか?
(↓)おママは中央に青い色を貼りたいようです。
船の絵を検討していました。
実際に貼ったのは「シュガーバターの木」の包装紙の一部でした。
(o^^o)
おママの貼り絵を見て下さり、ありがとうございます。