
(2020年12月25日 アルツハイマー型認知症の診断から約13年10ヶ月)
*やはり戦災樹木
前回ご紹介した東京大空襲関連の企画展で「墨田区の戦争遺跡 ◾️空襲編」というパネルがありました。簡略な地図に空襲の遺跡もある場所を表していて、その中に「被災イチョウ」や「被災樹木」もありました。
私は今まで自分の住んでる台東区の浅草や上野の戦災樹木ばかりに着目してきました。でも、墨田区,江東区も被害が甚大だったので、戦災樹木は存在しているのです。
「墨田区の戦争遺跡 ◾️空襲編」のパネルに記載されている戦災樹木の情報をメモしながら、私はせっかくなので、近場の戦災樹木を見学したくなりました。
私はこの後、徒歩で押上のスカイツリータウンに行く予定でした。資料館の近所や押上界隈なら寄り道できそうです。そのパネルから、候補は三囲神社と飛木稲荷神社あたりでしょうか。資料館の受付で聞いてみると、三囲神社はすぐ近所で、飛木稲荷神社は徒歩約30分だそうです。
この日は天気も良く暖かく、浅草から資料館まで良い散策でした。私はまだまだ歩けそうな気がしたし、青空が歩けと背中を押していました。
墨田区の戦災樹木を是非とも見学したい❗️
その欲求に突き動かされ、私は安易に歩き始めてしまいました。
確かに資料館から押上のスカイツリータウンは割と近いです。しかし飛木稲荷神社に寄ったらかなり遠回りだったので、圧迫骨折療養中の私にはちょっとハードな行程でした。

*三囲神社(みめぐりじんじゃ)
すみだ郷土文化資料館を出て見番通りを左に歩けばすぐ三囲神社に着きました。

(↓)この写真中央のイチョウの木に焼夷弾によると思われる焼け跡がありました。家に帰ってから参考文献②や参考HPで確認したら黄色矢印のモッコウの木も被災樹木でした。


御朱印を頂いた時に対応して下さった方に被災樹木の事を訊ねてみました。しかしあまりご存じないようでした。とても若い方だったから仕方ないのかも…。戦災の記憶を伝えていくのはかなり難しくなっているのでしょう。1998年に出版された参考文献①には次のような解説文が載っていました。当時は証言が得られていました。一部抜粋です(↓)
3月10日に、額堂、神楽殿、其角堂が全焼した。しかし、社殿は関東大農災、戦災からも奇跡的に無傷であった、本殿右側のイチョウの木が火を防いでくれたと神社の方は話しておられた。
*飛木稲荷神社(とびきいなりじんじゃ)
三囲神社から歩いて40分。飛木稲荷神社のすぐ近くに室町時代創建の高木神社があります。そちらにも参拝して御朱印をいただきました。

そして、飛木稲荷神社に到着。浅草からの行程を考えると、流石に歩き疲れました。
本殿に向かって左手に大きな御神木のイチョウがそびえ立っていました。
少し離れていても、圧倒されるほどの大樹です。現地の説明文には「樹齢五、六百年はくだらない区内随一の大木」と書かれていました。
この御神木を前にして,私は言葉を失いました。その身に受けた大きな焼け跡は東京大空襲の劫火を今もありありと伝えています。
こんなに焼け爛れてしまったのに、戦後息を吹き返して今に至っている。
その自然の力に畏敬の念を覚えました。まさに御神木、神々しいです。
参考文献②に「東京を代表する戦災樹木の一つです」と書かれているのも頷けます。
できれば多くの方に実際に見て、感じていただきたいと思う戦災樹木です。

(↓)幹の中心部分は殆ど焼け焦げています。

(↓)その反対側、本殿への参道側から見ると太い幹がまるで焼けた板のように高くそびえ立っています。見上げていると焼け焦げているのに不思議と美しく思えてきました。
私はしゃがんで写真を撮ろうとスマホを向けて見上げたら、あまりの荘厳さに圧倒されて、思わず尻餅をつき参道に転がってしまいました。情けなや…。

御朱印を頂いた時に、神社の方に「お稲荷様のお姿はご覧になられましたか?」と訊かれました。私が首を傾げていたら,1枚の写真を指し示しながら説明してくださいました。
「手水舎の近くの地面に足形があります。そこにお立ちになって御神木を見上げてください。そうするとまるでお稲荷様がいらっしゃるように見えます。大空襲に遭われて焼けた事によってお姿が顕れました。」
(↓)下の写真の黄色の矢印のあたりです。お顔に耳と身体に尻尾❗️
昔からお稲荷様を祀っていた神社の御神木。まさに霊験あらたかですね。

参考文献②によると、神社の敷地内には他にも被災した樹木があるようです。後日、出直したいと思います。
墨田区には他にもまだ東京大空襲ので被災した樹木があるので、今後も訪ねて行こうと思います。
*参考文献など
<参考文献①>
『戦災の跡を訪ねてー東京を歩くー』 編著者 長崎誠三
出版年 1998年7月 発行元 株式会社アグネ
これまで戦災樹木を訪ねるにあたって毎回参考にしてきた本です。
著者の長崎さんはおママの女学校時代の友人のご親戚(友人の妹さんの旦那様)でした。出版年に早速読んだおママから「とても良い御本だから」と薦められて手にしました。
空襲で焼夷弾を受けて被害を受けた樹木が、その傷を抱えながらも今も生きている。その事実に深い感銘を受けました。
本当はおママと一緒に長崎さんの本を見ながら戦災樹木を訪ねたかった。でも、出版された1998年頃の私は娘のアズキも幼く,彼女のアトピー性皮膚炎の療育に忙しく心の余裕がありませんでした。そして、子育てが一息ついたらおママが認知症になってしまい、ついに果たせませんでした。その心残りを今後、少しずつ叶えていこうと思っております。
出版年から四半世紀が過ぎ、当時と現在では木は生きていますから、姿や様子も変化があります。都市開発や整備の名目で伐採されることもあるでしょう。だからこそ、当時の記録(白黒写真が殆どですが)が書籍の形で残されているのはとても有難い事だと思います。ただ現在古書店で購入できるかどうかも分かりません。手元にある一冊を大事にしたいです。
<参考文献②>
カラー版 甦る戦災樹木 大空襲・原爆の惨禍を伝える最後の証人
菅野博貢:著 発行所 株式会社さくら舎
発行年月2023年5月13日 368ページ 四六版 定価3960円
2023年に出版された新しい戦災樹木の書籍です。私は今年amazonで購入しました。
カラー写真もが多く、解説はとても詳しいです。全国に残る戦災樹木を網羅した素晴らしい内容。現時点でこれだけ多くの戦災樹木を記録してまとめて下さったのは、まさに歴史的な偉業だと思います。分厚く写真も多いのですが、それほど重くないので持ち歩きにも良さそうです。多くの人にこの本を読んでいただき、戦災樹木を知っていただきたいです。きっと今後戦災樹木を見学しようとする方にとって、教科書のような存在になると思います。
ちなみに参考文献のところに長崎さんの『戦災の跡を訪ねてー東京を歩くー』が記載されていたのが、私にはとても嬉しかったです。
<全国の被災樹木一覧>
http://www.zkk.ne.jp/~karasawa/yake-2-list.htm
墨田区、三囲神社
○墨田区向島 2-5-15 『三囲神社』 イチョウ 1 , モッコク 1 [1945/03/10, 戦災]
東武線本所吾妻橋駅より徒歩10分。本殿左側手前にある。墨田区、飛木稲荷神社
○墨田区押上2-39-6 『飛木稲荷神社』●イチョウ 10 スダジイ 1, トネリコ 1 [S20/03/10, 戦災]
<昭和20年東京大空襲の被災樹木>

*バックナンバー
(↓)境内に多くの戦災樹木がある浅草寺。
(↓)言問橋の悲劇を辿る。
(↓)上野公園にもあります。
(↓)浅草公会堂の展示と戦災樹木。
*本日アップの貼り絵
2020年12月25日の作品です。前回ご紹介した貼り絵と同じ日に制作された2連作になります。
(↓)色を合わせるのも楽しそうです。

(↓)青系のピースが入ると更に配色が冴えました。シンメトリーも意識してますね。

おママの貼り絵を見て下さり、ありがとうございます。