
(2021年2月7日 アルツハイマー型認知症の診断から約14年)
*お喋りするおママ
(↓)前記事でお話しした6月の面会の時のことです。
<2025年6月の面会 お喋りをするおママ>
2025年6月1日 14:44〜(1分33秒)
おママは認知症の末期です。言語もほぼ失われています。それでも、この日の面会ではとてもご機嫌だったのか、よくお喋りしてくれました。と言っても殆どが日本語にはなっていなくて、赤ちゃんの喃語よりはハッキリしているようで、やはり聞き手にはなかなか理解はできません。
動画の始めの方でおママは笑顔で珍しく明瞭な言葉を発しています。オネコさんが足をさすっていたからかも知れません。それは、
「どうも、すみません、で、ございます」
でした。
私にはおママがはっきりとした日本語を話してくれた事が嬉しかったです。それが「どうも、すみません」であったことも感慨深いです。
おママは91歳です。認知症の診断を受ける前までと考えても、約72年間で何度「すみません」というフレーズを口にしたことでしょう。きっと数えきれませんね。
実際,来年還暦になる私でも,日常的に色々な面で「すみません」を使っております。
「すみません」の意味は大まかに言っても3つあります。
①謝罪
(自分の失敗や迷惑をかけた事などを詫びる)
②感謝
(他者にとても良くしてもらった時など、申し訳ない,ありがたいという気持ちを表す)
③依頼・呼びかけ
(他者に何かお願いする時に「すみません〇〇していただけませんか?」のように前置きに使う。他者を呼び止める時の掛け声にも使う)
①の謝罪としても使いますが、謝罪としては少し軽めかも知れません。例えばちょっとぶつかった時などに「あ、すみません」と言ったり、ちょっとしたトラブルで大事にしたくないような時に、一応場を納めるように「すみません」ということもあるでしょう。
でも、私は圧倒的に②や③が多いかなと思います。
こんなに良くしてもらって、こんなに良い物を頂いて、本当に有難う御座います。そんな気持ちの時の「すみません」です。
そして、まさに英語の「Excuse me」のような使い方が一番多いですね。
動画の中のおママは、おそらく②の感謝の意味での「すみません」だったと思います。
ふと,思ったのですが「すみません」はどの意味においても、少々曖昧な印象かしら。
しっかりと白黒つけようとする時より、オブラートに包んで相手に「察して欲しい」的な日本人の感覚に適した言葉のような気がします。
「すみません」というたった一言に含まれる複数の意味合いと曖昧さ。
日本語って奥深い。そして温もりも感じます。
その言葉を認知症末期のおママが発した事が、私には無性に嬉しかったです。
今後、日本に暮らす外国人が増えていくと、その「すみません」の曖昧さが仇となるかも知れませんね。
「『すみません』って言ったでしょう。自分の非を認めたんだから賠償して」
「物をあげたのに、なんで『すみません』って謝るんだろう」
なんて思われちゃうかも。(^◇^;)
日本語は七面倒くさいでしょうか?
うーん。私には奥深く美しい言語だと思います。
動画を見ながら、おママの「どうも、すみませんで、ございます」が愛おしく感じられました。
*本日アップの貼り絵
2021年2月7日の貼り絵です。
私が実家にいない時に,おママが『お題パック』を使って独りで取り組んだ作品でした。
元はこのような広告写真でした。(↓)

2021年2月5日に私はこのような『お題パック』をセットしたので,おママは興味を持って使ってくれたのですね。

(↓)同じ日にこの作品も制作しています。この記事…、ジジとおママの長寿検診に付き添った時の災難を渾身の力を振り絞って書いた思い出深い内容でした。
おママの貼り絵を見てくださり、有難う御座います。