
再掲載
(2022年6月10日アルツハイマー型認知症の診断から約15年4ヶ月)
*今年は残念でした
ここ何年か、毎年ではないですが、可能な限り地元台東区や近隣に今も残る東京大空襲の遺構や戦災樹木を訪ねてブログでご紹介しておりました。
しかし、今年は2月後半から今月初めにかけて、いろいろありまして(その件は近々記事にするつもりですが)、東京大空襲関連の取材ができませんでした。
それで、過去の記事をまとめてご紹介することにしました。
本当に今年の私は面目ない…m(_ _)m
*東京大空襲を知っていますか
第二次大戦中の1944年秋から1945年に終戦まで、日本の主要都市は殆アメリカ軍の空襲を受けました。だから、東京だけが特別ではありません。広島,長崎に投下された原爆の被害の方が大きいかもしれません。
その東京だって3月10日の大空襲だけではなかったのです。東部西部いづれも終戦まで繰り返し空襲を受けてきました。
しかし、核爆弾を使わずして、一晩で10万人という民間人が焼死する羽目になったのです。この東京大空襲が尋常ならざる空襲だったと言えるでしょう。
東京大空襲の概要としては、下記の総務省のサイトが簡潔で良いと思います。
↓総務省のサイト(墨田区)
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/daijinkanbou/sensai/situation/state/kanto_12.html
↓総務省のサイト(台東区)
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/daijinkanbou/sensai/situation/state/kanto_25.html
昭和20(1945)年3月10日未明、現在の台東・墨田・江東区のいわゆる下町地区は、米軍の爆撃機B29による空襲を受け、死者およそ10万人、負傷者4万人、罹災者100万人という未曾有(みぞう)の大被害を被った。東京大空襲と呼ばれるこの空襲は、夜間に住宅の密集地を目標にして、約1700トンもの焼夷弾を投下し、根こそぎ焼き尽くすというものであった。
7年前、私は木造家屋を効率よく的確に焼き尽くすために開発された「焼夷弾」という油脂爆弾について考えてみました。(↓)
(↓)浅草寺の戦災樹木は本数も多く、特に葉を落とした冬場は見学しやすいです。
(↓)隅田川に掛かる橋の上は、どこも被害があったと思いますが、殊に言問橋の上や周辺で命を落とした人々が多かったのです。
(↓)上野公園にも探してみると戦災樹木があります。
(↓)飛木稲荷神社の大イチョウ
来年はまた近隣の繊細樹木を訪ねたいです。
*本日アップの貼り絵
2022年6月10日の貼り絵です。実は再掲載です。
東京大空襲関連なので出来れば炎を感じるようなイメージの貼り絵を選びたかったのです。過去の写真データの中から、因州板締め染め和紙の赤を使った作品を選びました。
おママの貼り絵を見て下さり,ありがとうございます。