アルツハイマーとともに〜おママの貼り絵日記〜

アルツハイマーの母(おママ)が作った貼り絵と暮らしを紹介しております。

ジジが入院した

(制作年月日不明 2007年以前のアルツハイマー型認知症の診断前)

harienikki.hatenablog.com

前回の記事の続きです。今回の経緯を忘備録的に書いています。

3月2日月曜日、半日のうちに2度も転倒し、様子がおかしかったジジ。

一晩様子を見ることにしました。

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生きていた❗️

3月3日火曜日 午前7時

私は1時間も余計に仮眠をとってしまったと気がついて、ベッドから飛び起きました。

急ぎ階下のジジの寝室に向かうと、じじの寝息とイビキが聞こえました。

「良かった,生きてる」

私は胸を撫で下ろしました。それから間も無く、口を半開きにしてイビキをかいていたジジは激しくむせて目を覚ましました。声を掛けると私の方を向いて安心したのか。「あ,あ,ああ」と声を上げました。(体温36.2℃ 血中酸素濃度93)

思えば、ジジは昨日の昼食後から全く飲食をしていません。

「お父さん,お腹は空いてる?」

「そうだね…でも,なるべく軽いものが良いな。」

「いつも朝ごはんにしているパンを食べる?」

ジジは少し考えるように目を瞑ってから、「うーーん」と小首を傾げました。

あまり食べたくないようです。でも、少しは水分を摂った方が良いのではないか?

そこで私はパウチのゼリー飲料を勧めてみました。ジジはこの手の飲み物は好きです。そして、少しですがカロリーもありますから。

介護ベッドの頭の方を起こして、ジジにゼリー飲料を少しずつ飲んでもらいました。自分で持たせると一気に飲みそうだから、私が少しづつ押して30分くらいかけて1本飲みました。

「美味しかったよ。気がはっきりしたね。」

力が沸いてきたのか「オシッコ❗️」と言いながら自分でベッドから足を下ろしたので、歩行器に掴まりながら立ちやすいように、私は介護ベッドの高さを上げてジジの身体を支えながらポータブルトイレまで1メートルほど誘導しました。

「昨日より元気になって良かったわ。」(体温36.7℃血中酸素濃度95)

ラインでオネコさんに報告をしました。ジジはベッドに戻ると直ぐに、目を瞑って大きなイビキをかいてしまいます。そして、介護ベッドは頭の方を上げていたのですが、時折酷くむせるのでした。

9時前にオネコさんが実家に到着。

「鼻水も出ているようだから、取り敢えず今日のデイサービスは休みだね。」

座る間もなく、オネコさんはデイサービスに電話をかけ、特養にもおママとの面会をキャンセルしました。

今後ジジが急激に室内の移動が困難になる可能性があるので、

ヘルパーの相談や、デイサービスは車椅子でも対応してもらえるのか?月末に予約しているショートステイは寝たきりに近い状況でも受け入れてもらえるのか?ケアマネさんに相談したい。それで、その事情をショートメッセージで連絡して「本日、ご都合の良い時間帯に訪問してください」と連絡しました。すると「11時に伺います」とのお返事があり、ホッとしました。

急変

しかし、11時少し前頃から、急にジジは吐き気を催し、実際に金盥にドロリとした水分を吐き始めるではありませんか。明らかにそれはゼリー飲料でした。

「ゆっくり飲ませたけど、ダメだったか…。」

朝の時点でジジの水分は足りていなかったはずです。それなのに吐いて仕舞えば脱水状態になりかねません。それから1時間ほどジジの吐き気は断続的に続き、「苦しい」「頭が痛い」と言いながら、吐くものが無くなっても吐き気は治りませんでした。

(体温36.6℃血中酸素濃度92)

私は偏頭痛の強烈な発作の時に、嘔吐を繰り返した果ての脱水症状の苦しさを経験しています。

「これ、脱水状態の吐き気に似ているから、本人苦しいと思うよ。点滴で水分を入れないと治らないよ。」

その間にケアマネさんが到着し、当初の相談事は兎も角として、目の前のジジをどうしたら良いかが問題となりました。

私は「血中酸素濃度が低いので、直ぐに救急車を呼びたい。」

ケアマネさんは「#7119(救急安心センター)に相談してみるか、かかりつけ医に連絡して往診を頼む。」

オネコさんはこれらの意見を思案中。

結局、3人が出した答えは「往診してくれるかわからないけど、まず,ダメ元でかかりつけ医に電話で相談する」でした。

私はかかりつけ医とは反りが合わずプチ険悪の仲です。ここは優しいオネコさんに電話してもらうしかありませんね。(^◇^;)

ジジの容体の説明、今現在ジジをクリニックに連れて行ける状態ではない、別件の相談もあったのでケアマネさんにも来ていただいている、などなど話したら、

「12時過ぎに往診します」

とのこと。朗報でした❗️

「お父さん、お医者さんが来てくれるよ、頑張って。」

しかし、その頃にはジジはグッタリ状態でした。

やはり救急車

かかりつけ医が来てくれて、聴診器で診察してくれました。血中酸素濃度(この時は91)や脈など測り、結論は「直ぐに入れる病院を探します」でした。ケアマネさんは午後の予定があるので、診察が終わった時点で事務所に戻られました。

ここからが怒涛に展開で、直ぐにかかりつけ医は隣の区にある大学病院の救急外来に話を通してくれたのです。

「直ぐに救急車(119番)か民間の救急車(患者等搬送事業者)で連れていってください。」

いざ❗️119番❗️

「でも、ただ病院に運ぶためだけに救急車を呼んで良いのかしら…、タクシーがわりじゃないし…。」

真面目なオネコさんはここでも躊躇しているのです。確かに救急車を安易に使う人はいけないけど、善良な一般市民がここまで遠慮する必要はないと思う。

「いやいや…この状態のジジを玄関までだって、私らには動かせないよ。」

119番を使うのは、今でしょう❗️

私は受話器を握って119番をコールしました。その後、出動してくれた救急車から折り返し電話があって、詳しい容体とかかりつけ医が手配してくれた大学病院を伝え終わった頃には救急車が到着しました。

救急隊員がジジの体温を測ったら38.6℃に上がっていました。(血中酸素濃度は96)

グッタリしたジジと私達姉妹を乗せた救急車は大学病院を目指して発信しました。

揺れる車内で、私は4年前のコロナの時を思い出していました。

あの時、39℃の熱を出して酸素吸入を受けていたジジは、搬送先が決まらないまま実に7時間も救急車のストレッチャーに乗せられていたのです。

「今回は、行き先が決まっているって、本当にありがたいよ。」

大学病院の救急外来で各種検査を受けたジジの病名は肺炎でした。

「入院できて良かった。」

あのまま家に居たら,本当に看取りになっていたでしょう。

入院期間は感染症の治療なので成人では5日から10日間くらい。高齢で歩けなくなる事も考えて、リハビリを兼ねた退院準備期間が必要。

「ご高齢で一人暮らしがご心配なら、退院後についての話し合いも必要ですね。」

オネコも私も疲労困憊ながら、少しホッとしていました。

おそらく、ここ1週間くらいはジジのサポートはない。少し私達も休んだほうがいい。

夕方,実家へ向かう途中に私たちはかかりつけ医のクリニックに寄り、入院の報告をしました。私も今回はかかりつけ医に本当に感謝しました。そして親身に対応してくださったケアマネさんにもお礼のメールをしました。

(↓)2022年7月、コロナ禍での壮絶な救急搬送を体験しました。救急隊員と救急車が途中で交代する事もあるのです…(/ _ ; )

2組の救急隊員さん達に、とてもお世話になりました。

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本日アップの貼り絵

2007年の認知症の診断前の作品です。

写真を拡大してみていただけると分かるのですが、各ピースは紙ではありません。

おママがルリユール(ヨーロッパの伝統的な製本技法)を習っている時に、革による製本に使っていた薄く削いだ色革です。赤いハートはクラフトパンチで抜いていました。濃紺とグレーの枠型はカッターで切り抜いたのかもしれません。星型は革工芸の型抜きパンチで抜いたのだと思います。(๑˃̵ᴗ˂̵)

おママの貼り絵を見てくださり,ありがとうございます。