アルツハイマーとともに〜おママの貼り絵日記〜

アルツハイマーの母(おママ)が作った貼り絵と暮らしを紹介しております。

ペースト食から思う

(制作年月日不明 2007年以前 アルツハイマー型認知症の診断前)

harienikki.hatenablog.com

近況報告

このところ、状況の変化にブログの記事が追いついていません。

もっとまめに更新すれば良いのですが、3月のジジの入院からお教室展の後、あれこれ野暮用(主に娘のアズキによる『ウマ娘』二次創作本の原稿作業手伝い)が立て込み、バタバタしておりました。

ジジは1ヶ月を超えた入院生活を終え、4月の第2週に老健(介護老人保健施設)に移動しました。

とは言え、老健は終の住処ではないので、ここにいる間に特別養護老人ホーム入所を目指していく事になります。

この退院から老健入所についても、また後日記事にしようと思います。

嚥下機能は慎重に見極めて

ジジが誤嚥性肺炎で入院して2週間以上経った頃、炎症はほぼ治ってきました。

しかし、されど誤嚥性肺炎です。またむせれば、再発する可能性も大いにあるでしょう。

そのため、病院では嚥下機能もしっかり診てもらいながら、食事が進められていました。

やはり98歳。無理は禁物です。

ジジは結局退院まで、ずっとペースト食でした。

それは理解できるのですが、結構ジジは食いしん坊です。娘としたら、少々かわいそうだと思いました。

それで3月下旬に、ちょうど夕食どきの18時過ぎに面会に行って、ジジの食事の様子を見てきました。

これは才能だし幸せだと思う

3月22日(↓)の写真です。

前々記事にも書きましたが、私はペースト食とは言え、お粥は粒が少しあるのかと思っていましたが、本当に完全なるペースト食でした。

harienikki.hatenablog.com

(なんか,美味しくなさそうだな。ジジは嫌がっているのではないか?)

正直なところ、このペースト食を見て,私は気が重くなりました。

しかしながら、ジジは嬉しそうに食べるではありませんか❗️

「ここのお粥は本当に美味しいい。」

別のお皿を手にして、

「この味付けはとても良いよ、参考になるだろうから、味見したらどうか?」

などと、笑顔で言うのです。勿論、私は食べませんでした。病院食を家族が食べるのは良くありません。残量などもチェックするはずですから。

これはこの日に限らず、オネコさんが面会した時もそうだったようです。

見た目はあまり美味しそうではないけれど、食べたら食いしん坊のジジでも満足なお味になっているようで,とても工夫されていて美味しかったようです。

ありがたいことです。

ただ、ペースト食を見ただけで、がっかりしてしまう人(私です)も実際にはいると思います。

それでも,ジジはご機嫌で食べられる。これはすごい事です。

思えば昔からジジは好き嫌いのない人でした。

私が子供の頃から、98歳で入院するまで、私はジジが出された食事に文句を言ったり、味に不平を言っているのを聞いたことがありません。

おママの食事は美味しかったけど、認知症になってからのおママが作ったのは毎日同じ物。ソーセージの入った野菜スープだけです。おママはブイヨンを入れたことを忘れて何回も投入するのでかなり塩辛いこともありました。

それでも,ジジはこっそりお湯で薄めながら、

「美味しいね」

と言って何年も食べ続けました。

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おママが料理をできなくなってからは、娘達が作った料理も全て「美味しい❗️」

宅食弁当も基本的に「美味しい❗️」

某ハンバーガーチェーンのハンバーガーも昨年は「喉に詰まりそう」と言いながらも、しっかり完食。それ以前は長年喜んで食べていました。

私が手抜きで購入したコンビニのドリアや焼きそば、パスタも「美味しい❗️」

スーパーの惣菜だって揚げ物だって、大体「美味しい❗️」です。

そして「ありがとう」が付け加わるので、家族はとても気持ちが楽でした。

この偏食もなく、普通に手に入るような手軽な食事にも、全てを「美味しい❗️」と感じて食べられるっとて、ある意味,才能だし、本人も家族も幸せだと思います。

今月初め、オネコさんと私は老健に見学と面談に行ってきました。

「病院からの書類では、今はペースト食なのですね。」

そういう職員さんに、少しお願いしておきました。

「本人は歯もまだ揃っていますし、食べる事は大好きでした。状態を見ながら少しづつ普通食に戻して頂けたら、父も生きる楽しみが増えると思います。」

栄養士と相談の上、検討してもらえるようです。

ジジがいつまでも食べる楽しみを感じていられますように。

本日アップの貼り絵

制作年月日不明、おそらく2005年ごろの作品だと思います。

美しい日本刺繍の写真を切り抜いて平面構成したのだと思います。

その写真の感じから、私は2023年の自分が書いたブログ記事を思い出しました。

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2022に私が見つけたおママのファイルの中身と似ています。(↓)

日本刺繍は能装束だったのかも知れません。

細長い紙片を並べたら、裏はカレンダーでした。(↓)それも前世紀のです(笑)

因みに帯状の日本刺繍の写真は裏返してみるとカレンダーでした。

1990年代の何年かは不明です。きっとおママは10年近くカレンダーの写真を仕舞い込み、2007年以降に再発見して帯状に切断したのだと思われます。

再発見されても,再び仕舞い込まれて忘れ去られた…。

今回ご紹介した貼り絵に使われたのは、同じカレンダーの他の月だったかも知れませんね。

おママの貼り絵のピースを読み解いていくと、2005年ごろから2022年まで、時間が一気に巻き戻るような気がしました。(๑˃̵ᴗ˂̵)v

 

おママの貼り絵を見て下さり,ありがとうございます。