
(制作年月日不明アルツハイマー型認知症の診断前2005年頃)
*再発か?
4月6日に老健入所したジジですが、結局2週間ほどで又入院することになりました。
前々記事でも触れましたが、
4月13日頃から発熱、解熱剤を服用すると熱は下がるが、薬が切れるとまた上がる。コロ・ナインフルは陰性。
4月17日の電話連絡では下記のような状態でした。
「やはり今日も38度台の熱があるので、こちらの嘱託医が誤嚥性肺炎を疑って点滴の薬を始めたら36度台に下がりました。痰が酷くて血中濃度が90くらいに下がるけど、痰の吸引をすると96まで回復しました。またしばらく処置を続けながら様子をみます。」
それでも点滴が効いたのか、4月20日は微熱程度だったので無事に面会をしました。
ところが、4月21日には39度の熱。老健からオネコさんに電話があり、「翌日4月22日に病院の予約を取ったから家族が付き添って受診するように」と言われたのです。
当日、オネコさんが老健についてみると,ジジの熱は下がり、朝食もしっかり食べたらしい。老健のスタッフからは
「予約を取ったし、一応受診してください。入院しないで済むかもしれませんね」
と言われて、オネコさんはジジと共に介護タクシーに乗り込みました。
そこは地域の中核をなす総合病院。予約はしていても,待ち時間も長く、検査(血液検査・CT)にも時間がかかりました。肺の画像の割には炎症値(17)が高いので尿路結石も調べてみるとのことだが、最終的には誤嚥性肺炎との診断で入院が決まりました。
病棟に落ち着けたのは16時。ジジもオネコも疲労困憊。今回入院したことにより、老健は一旦退所扱いとなりました。
車椅子を使っていたので、オネコさんはそれを押しながら徒歩で30分ほどの老健に返却に寄りました。そしてケアマネさんと今後の事や特養申込書類の打ち合わせをして、その後帰途につ来ました。本当にお疲れ様でした。
*要介護高齢者入院事情
入院したら安心かといえば、今回はそうでもありませんでした。
前回は設備の整った大学病院。
今回は地域の総合病院。
どちらが良いかと言う問題ではなく、やはり認知機能がかなり衰えた高齢患者が病棟に入院する事自体が、とても大変なのだと思い知らされました。
何故,自分がここに居るのか分からなくなる。だから帰ろうとする。
妄想や幻覚があるから、夜中でも喋り続ける。
昼夜の時間的な認識がないので、ジジは自宅にいる時から睡眠と覚醒を繰り返している。
記憶がないから、点滴のついた手を見る度に不思議に思って、何度も点滴をはずそうとする。
排泄の感覚がかなり弱ってきているから、尿意を感じてナースコールを押してポータブルトイレに座らされても結局出なかったり、出るまでにかなり時間を要してしまう。紙オムツを既にしてしまったのに、これから出るような感覚になって看護師さんを呼んでしまう。
耳が聞こえないから、自然と話し声も大きくなってしまう。
恐らく,それら全てが、他の患者も多数抱えている看護師さん達の負担になっていたのだと思います。
前回も今回もジジが入院したのは一般病棟の差額ベッド代のかからない多床室でした。ジジは年金生活者で、おママの特養にもお金がかかります。だから入院期間が長期に亘る可能性も捨てきれないので,差額ベッドの代の高い個室になどは絶対に無理です。
実は前回入院した病院では大丈夫だったのに、今回入院した総合病院では、これらが問題になり、オネコさんや私に伝えられていました。
「夜中にせん妄が激しくてずっと喋っていて、同室の他の患者さんに療養を妨げている」「ベッド横のポータブルトイレに座って排泄したいとナースコールで呼ばれても,実際は尿は出ないことが多いのに…。」
そう言われて、じゃぁ、家族はどうしたら良いのでしょう。
オネコさんはまずA4の紙に
ここは病院です。肺炎のために入院しています。同じ部屋の人の迷惑になるので、なるべく声を出さないでください。
と書いて、点滴のスタンドに貼り付けました。何度もジジが読んで意識できるように。
入院当初には、その流れで
「面会可能時間帯(15時〜20時、通常面会は30分を目安とする)にご家族がずっと居たら、御本人も安心するかも」
との話もありました。私はそれをオネコさんから聞いた時、昔々昭和の時代に存在した「付き添いさん」を思い出しました。私より年齢が上の方は覚えていらっしゃると思います。入院患者の身の回りの世話をする為に家族が契約して来てもらう家政婦さんのようなものです。「付き添いさん」は泊まり込みでしたが、今回の面会時間帯だけならそれをやる意味があるのでしょうか。
それでも私は試みました。面会時間帯ずっと病床に張り付いていた日もありました。ジジが尿意を感じた時にやシーツの取り替えなど、手伝えそうな事はやってはみました。
しかし、少し回復してくると、当然ながら、ジジは側に人がいると何かにつけて話しかけてたくなるのです。私が返事をしても通常の話す声ではジジの耳には聞こえず、
「え?なんて言ったの?」
「だから、ここはホテルではないんだってば‼️」
などと二人の声は大きくなり、同室の男性から
「うるせぇな‼️」
と怒鳴られる始末。ええ、怒鳴られても仕方ないですよ。本当に申し訳ない。やはり、長時間の付き添いは無理なのです。それでナースステーションでこの件を伝え、
「やはり家族が長時間付き添うのはかえって他の患者さんの迷惑になるので、明日からは規則通り面会は30分にします」
と言って帰宅しました。
そして入院から7日目に看護師さんからこのようなお話がありました。
「他の患者さんから苦情があったので、個室に移します。差額ベッド代はかかりません。」
この後、私達家族のストレスが幾分解消されました。個室ならテレビを音声出して見ても大丈夫だし、ジジも少しは退屈しないですみそうです。本当にありがたい事です。
m(_ _)m
前回の大学病院では目立ったクレームもなかったので、要介護高齢者の対応に慣れた人材が多かったのかもしれません。
*ガッつくな
入院7日目の4月28日(火)に、ジジは熱も下がって痰も落ち着いたので、朝からミキサー食(ペースト食)が始まりました。それまで水分以外は絶食だったので、食いしん坊のジジは嬉しかったでしょう。いきなり8割も食べらたそうです。
点滴も服薬も続けていましたが、食べるとむせる。「ゆっくり食べて」と言われてもジジは食欲には勝てません。
自分の唾液でさえ飲み込む時に咽せて、それが肺に入ると誤嚥性肺炎になりかねない。
そんな人がガツガツ食べたら、ぶり返すかも?
案の定、ミキサー食を初めて2日で発熱し始めて、それから更に3日後には38度台にまで上がったので、再び絶食になりました。
5月5日(火)に、今度はゼリー食から再開されました。
その頃から、ジジの夕食時にオネコさんと私は交代で、夕食時の見守りをしました。ちょっと目を離すと、ガッついて急いで食べてしまうジジに
「ゆっくり食べようね」「ゆっくり飲み込んでね」
と声かけをするだけですが、歯磨きまで私達で済ませれば、後は看護師さんがお薬を飲ませて寝るだけです。できる事は協力したいと思いました。
98歳で数ヶ月の間に2度の誤嚥性肺炎。そして入院生活。
食べる意欲は健在ですから、ジジはまだまだ大丈夫そうです。(๑˃̵ᴗ˂̵)
少し元気になると、ジジは更に妄言妄想が膨らみます。短期記憶だけでなく長期記憶も怪しい。ジジはオネコさんの顔を見れば、お金や通帳の話で「お金取られた妄想」を炸裂させました。私を見れば、とうに亡くなった自分のオヤジが今どこにいるかを聞きました。
「オヤジはどうしてる?」
「50年前に亡くなりました。お父さんは立派なお葬式を出してあげたんだよ。」
この会話を20分間で7回繰り返した時は、流石に私も疲れました。しかし、そう言ってももジジの岩盤メンタルは砕けません。
「だいぶ私も頭がダメになってきたな。
でも頭がボケると,人はその分長生きするんだよ、
本当に良かったねぇ。」
と恩着せがましく言うので、私はイラっとしました。間髪いれずに
「そんなの迷惑だからやめてくれ」
と切り返したら、ジジは満面の笑顔で笑っていました。(°_°)
もう,既にかなり長生きしていますが…。
(^◇^;)
なかなか、私達娘には心身共にキツかった入院でしたが、
ジジは無事に5月15日(金)に退院して、同じ老健に再入所ができました。
食べれば咽せる、咽せればいつ誤嚥性肺炎を振り返すか分かりません。でも、今度は少しでも長く老健でリハビリに励んでくれたら良いな。
そう思うこの頃です。
*本日アップの貼り絵
制作年月日不明です。収納ファイルの状況から2005年頃の作品です。
広告写真を切り抜いて貼ったのだと思います。材料の詳細は分かりませんが、『銀座百点』に掲載されていた広告写真かもしれません。
おママの貼り絵を見てくださり,ありがとうございます。