アルツハイマーとともに〜おママの貼り絵日記〜

アルツハイマーの母(おママ)が作った貼り絵と暮らしを紹介しております。

おママの製本「薫風」

 

2007年10月30日、アルツハイマー型認知症の診断から約8ヶ月後)

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まだ遠い道のり

只今,実家は絶賛片付け中です。

オネコさんがおママの使っていた革工芸やルリユール(ヨーロッパの伝統的な製本技法)の諸道具や材料を整理分類して、要るものと要らないものを仕分けしております。

それでふと思うのですが、おママはかなり几帳面で正確な手仕事ができたのに、意外と物の整理整頓はいい加減だったようです。私がまだ実家にいた頃、

「私は掃除が下手だし,嫌いだもん」

と言っていました。あ、言っていたのは私ではありません。おママがです。

おそらく整理整頓も適当で「自分が次に使うときに分かればいいや」という意識でいたのでしょう。私も子供の時から苦手でしたが、おママもお仲間だったようですね。

まだ片付け終わるには遠い道のりですが、オネコさんの尽力のおかげで、埋もれていたおママのこれまでの作品もすぐ出せるようになってきました。

それで、今回はおママが製本を習っていた頃の作品をご紹介しようと思います。

嬉しい便り

(↓)格調高い雰囲気の冊子です。表題は「薫風」本当に達筆ですね。

達筆だったのはオネコさんの義父にあたる方です。オネコさんの義実家は大阪府にあったので、おママは親しみと尊敬を込めて「大阪のお父さん」と呼んでいました。

その「大阪のお父さん」はお習字だけでなく絵もお上手だったのです。オネコさんが結婚してから、義実家同士で年に何回かお便りや季節のご挨拶などをしてきました。それで、「大阪のお父さん」からジジとおママ宛に水墨や水彩画に達筆を添えたお便りを下さるようになったのです。

「本当に,こんなふうに描けるなんてすごいわ。」

届くたびにおママは感激していたものです。オネコさんが結婚してから年月が経つと、嬉しいお便りも枚数がたまってきました。ちょうど製本も習っている頃と重なり、おママは画集のような形にまとめたいと思うようになりました。

「画集の表題は大阪のお父さんに決めて頂いて、書いて下さったらどんなに素敵か。」

とおママが考えていた事は、私も聞いていました。しかし,「大阪のお父さん」はその頃から体調を崩していらっしゃいました。それでも表題はお名前の一字をとって『薫風』とし書いてくださったのです。これは私の想像だけど、おママの計画を「大阪のお父さん」も喜んでくださっていたのかも知れません。

2冊の画集の完成は間に合わず、「大阪のお父さん」には手に取って頂けなかった。それで、おママはオネコさんの義母さんにお送りしました。それはとても喜んでくださり、義母様が亡くなった後、2冊は東京に戻ってきました。紫の冊子は実家、青い冊子はオネコさん宅で保管していました。

懐かしいです。

おママは和綴じを考えていたようですが、葉書を取り出す事も出来るように御朱印帳にような蛇腹式になっています。

(↓)風景画です。大池寺の枯山水はお寺のサイトに写真があります。今回写真と見比べて、本当に写実的だったのだと思いました。

www.sunalix.co.jp

本日アップの貼り絵

2007年10月30日、アルツハイマー型認知症の診断から約8ヶ月後の作品です。

この大判の洋紙を(↓)使っています。

(↓)過去にもこのような作品がありました。

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おママの貼り絵を見てくださり,ありがとうございます。

不徒然記 アニメ『淡島百景』雑感

(制作年月日不明 アルツハイマー型認知症の診断前 2005年頃)

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今年半分を終えて

娘のアズキには「一端のアニメオタク」と言われている私です。

私の1年の生活のサイクルは4分割されています。

現在、日本のアニメは1クール3ヶ月を基準にしています。3ヶ月毎に視聴しているアニメは一区切りとなり最終回を迎えて一新されるので、録画したものをいつ視聴していくか?どのアニメを配信サイトで観ていくか?を中心とした私の暮らしのリズムは3ヶ月毎に変化していくのです。

全く以って平和ですね。(^◇^;)

私にとって、アニメの視聴はあまりお金の掛からない良い娯楽です。

今回は1年ぶりにアニメのレビューを書いてみようと思い立ちました。超超長文なのでご興味のない方は「さーーーっ」とスクロールしてくださいませ。m(_ _)m

前回はサイゲームズピクチャズのオリジナルアニメ『アポカリプスホテル』でした。

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私は現実逃避の傾向が強いので、ファンタジーやバトル系など非現実な世界観の作品や歴史物が好きです。現実的な話や学園物、ラブコメは興味ないので基本的に観ません。今更、恋愛話には全くそそられませんから。(^◇^;)

2026年の冬クールは大好きな『葬送のフリーレン』の第2期がありました。たった10話しかありませんでしたが、文句なく素晴らしかったです。

そして4月から6月の春クールで、私が一番心を惹かれたのが『葬送のフリーレン』と同じマッドハウスが制作した『淡島百景』です。

awajima-anime.com

これは宝塚音楽学校をモデルとした淡島歌劇学校を中心とした人間模様を描いているオムニバス形式の物語です。原作は志村貴子原作の漫画『淡島百景』。

www.ohtabooks.com

あれぇ? 

学園ものは、私、観ないはずだったけど…どうしちゃったのかしらね。

実は私は学生時代から6〜7年間宝塚にどハマりしていました。バイト代を注ぎ込んで、公演があれば毎回、日比谷の宝塚劇場に観に行っていたのです。でも、今は観ないようにしてます。だって、また観始めたら絶対ハマるのがわかっているからですわ。(^◇^;)

それで、ちょっと興味が湧いたので観てみました。

画風に似合わず挑戦的な作品

水彩画がそのまま動いているようなシーンも多く,実に柔らかで綺麗な作画に心を惹かれました。

第10話(全12話)まで、毎回2話から3話の事なるエピソードが綴られていきます。

どのエピソードも淡島歌劇学校や淡島歌劇に関連する人々の心の機微や葛藤が描かれて、内容は深く心に沁みます。原作の『淡島百景』も素晴らしいのですが、アニメは映像表現としての演出も良く、更に解像度が上がっていました。

しかし、このアニメは視聴者を選ぶというか、万人受けは難しいかな…。

なぜなら、オムニバス形式の物語で、各エピソード毎に時代も主役も変わります。

しかも、それらの時代や人物について,何ら説明がありません。

これは原作漫画も全く同じで、アニメの浅香守生監督は原作の雰囲気をを大事に制作されたらしい。(↓)

youtu.be

今のアニメの傾向としては、世界観や登場人物についての説明が台詞やナレーションでしっかり語られることが多いです。たとえオムニバス形式の物語でも時代や時系列に沿って流れがあればわかりやすいのですが、『淡島百景』はおよそ70年くらいの時間をランダムに飛んでいるのです。

そのため毎回、話が変わるたびに「あなたは誰?」「これはいつの時間軸の話なの?」と視聴者は画面を観ながら自問自答することになります。

まず、その説明の少ないまま語られるエピソード群を前に

「へぇ、今回はその視点なのね」

と泰然自若として視聴する事をお勧めしたいです。(^◇^;)

そして、ファンタジー物やバトル物のような動きの派手なシーンは皆無だから、画面的には地味め。しかも、驚くことに、歌劇学校を舞台にしているのに、歌劇のシーンがほぼほぼ無いに等しい。

正味24分ほどの時間にこれでもかというほど情報量が詰め込まれたアニメが主流の今、

よくもまぁ、この『淡島百景』がアニメ化されたものだと思います。

緻密な演出、繊細で美しい画面を観れば、計り知れないほどの作画コストがかかっているアニメなのだと分かるのですが、

逆に言えば、「派手な作画はない❗️説明も少ない❗️」この作品は、視聴者が能動的に観ようとしなければ堪能できない。近年の中でも稀に見る挑戦的で尖ったアニメだったと思います。

それでも内容は深く、環境も状況も違うけど、視聴者は毎話どこか経験した事のある心の痛みを感じるのではないかと思います。

淡島歌劇学校寄宿舎に集った生徒や卒業生、親戚縁者、そしてファンや入試を突破できなかった人など、様々な立場の視点から淡島歌劇との関わりを描いた群像劇。

描かれた人々の心の機微や葛藤など悲喜交々なエピソードは一見散発的だけど、回を追うごとに伏線が繋がっていきます。

みんな 淡島に未来を思いたかった 

希望を与えられたくて そうして舞台を作り 舞台へ足を運んだ

美しいものに混じる 濁った血のようなものを つまびらかにして

それでも なお光を感じていたい

岡部絵美や小野田幸恵や伊吹桂子の物語は いつだって私たちの日常に在る

誰も知らない未知の出来事ではない 

ただかわいそうと呼ばれるだけの人を ただ石を投げられるばかりの人を 私は作りたくなかったし

誰だって望まないことだと信じている 信じたかったのだ

<引用−12話の終盤の田畑若菜のナレーション、「淡島百景』5巻150〜154頁

最後の2話でこの群像劇は一冊の本の出版、それが世に出た後の社会的な波紋へと、集約されていきます。

結論から言ってしまえば、物語の最後はビターエンドでした。

宝塚歌劇の大階段をスターが歌いながら降りてくるような、豪華なグランドフィナーレのようにはいかないのです。

だって『淡島百景』はスポットライトの当たる舞台ではなく、その袖や裏側、外側に息づく人々と、その心の光と影を集めた物語だから。

むしろビターエンドが相応しい。

それでも、未来への光を感じる美しい終わり方だったと思います。

(↓)ファンアートです。背景の風景はアニメのキービジュアルを参考にしました。人物は原作漫画のコマを模写しました。模写ってやはり勉強になりますね。久しぶりにファンアートを描いて、とても楽しかったです。伊吹桂子さんだけ美化して描きました。美人女優だった祖母に「あんたは少しお直しが必要だね」なんてひどい言葉を投げつけられた彼女は、絶対に美人に描いてあげたかったです。

参考までに…

これからアニメを見る人の参考になればと思い、私のメモを書きを載せます。(ネタバレも含みます。)ご興味のない方は飛ばしてくださいませ。

①キーパーソンは4名

群像劇で登場人物も多いのですが、取り敢えず4名だけは把握しておくと理解しやすいです。因みに伊吹・岡部世代と田畑・竹原世代は親子ほどの年齢差がある。

*田畑若菜(芸名は葉月青ハズキアオ)卒業後淡島歌劇で女優となり引退後は執筆活動。在校中も卒業後も伊吹桂子を恩師として慕う。後に伊吹と岡部の事を題材にノンフィクション作『惜別の日々』を執筆する。

*竹原絹枝(芸名は小鳥遊陽タカナシアキラ)田畑若菜の1年先輩でルームメイト。容姿端麗で佇まいが常に美しい(田畑評)努力家で才能もあり人柄も良い。卒業後は淡島歌劇でトップスターとなり多くのファンに支持され、退団後も女優として活躍。淡島歌劇で『惜別の日々』が舞台化される時、退団者ではあるが伊吹役(だと思う)のオファーを受ける。伯母は岡部絵美の中学時代の親友エッちゃん。

*伊吹桂子 祖母の代から3代に亘る淡島歌劇出身のエリート家系。しかし本人は自分に華がないことも理解していて、容姿端麗で才能もありスター性を兼ね備えた岡部絵美を羨望の眼差しで見て親しくしていた。しかし、ある事をきっかけに桂子がリーダーとなって岡部絵美を孤立させ、結果的に退学に追い込んだ。後に淡島歌劇学校の教師となる。

*岡部絵美 中学時代の親友エッちゃん(竹原絹枝の伯母)によると「絵美ちゃんが淡島を目指したのは必然じゃった」というほど美人でスター性に恵まれていた。歌劇学校では将来を嘱望されていたが、同級生の羨望はやがて嫉妬と憎悪に変化した。そして歌劇学校を退学して芸能界を諦めた。

②電話から推察する時系列

原作もアニメも全く年代的な説明はないのですが、人物同志の年齢差や物語中に使われる電話によってある程度推測は可能です。

<ざっくりと固定電話時代>

山路よし子(伊吹桂子の祖母 芸名 日柳夏子)は戦前から戦後に淡島歌劇に在籍、退団後もずっと舞台女優だった。

山路ルリ子(伊吹桂子の母)は1950年代前半に在学在団か?その後結婚して伊吹姓になった。

伊吹桂子・岡部絵美世代は1950年代後半生まれか?淡島歌劇学校時代は1960年代後半から1970年代初頭か。

浅上レオ(本名 浅香みどり)の代表作は『エリザベート』のトート役。宝塚歌劇での『エリザベート』の初演は1996年なので、トップスター浅上レオの全盛期はおそらくこの頃だろう。宝塚歌劇でもトップに上り詰めるのは入団から7年から10年くらいはかかると思うので、彼女が歌劇学校に在学していたのは1980年代後半ではないか。

山県沙織(芸名 鏑木夕希)四方田かよ(芸名 悠木みほと)と武内実花子の在学中は まだ携帯電話はあまり普及していなかったようだ。固定電話がまだ主流か。武内は実家への連絡に歌劇学校寄宿舎の公衆電話を使っていた。ガラケーが普及する少し前の1990年代中頃か。

<ガラケーが普及した世代>

田畑若菜・竹原絹枝世代はガラケー時代。寄宿舎生活で個々に二つ折りのガラケーを所持している。おそらく彼らが歌劇学校に在学していたのは2000年代初頭から半ばごろか。

ガラケーは、1990年代後半から一般に普及し始め、特にiモードなどのサービスが開始された1999年以降に爆発的に広がったと思う。私(チャーコ)が初めてガラケーを購入したのは2001年の3Gサービス開始頃。ここから2011年頃までが日本のガラケー文化の全盛期だったようだ。

<スマホ世代 すでにSNSも普及している>

小鳥遊沙羅・藤沢江里・雅楽川静香と一年先輩の柳原加代子世代が在学していたのはスマホ時代。かなりSNSも普及して,ほとんどの登場人物がLINEを使っている。これは私の想像だが、彼らの在学期間は2010年代の後半からコロナ禍前ではないか。

田畑若菜が岡部絵美の実家に電話をした時、岡部絵美の弟夫妻から画面越しで顔が見えるオンライン電話を提案された。オンライン電話やオンライン会議が普及したのはコロナ禍以降なので、田畑が『惜別の日々』の取材をしたのは2022年から2023年以降か。

因みに漫画『淡島百景』の最終巻である第5巻が発行されたのは2024年5月です。作者の志村貴子さんは「あとがき」で5巻準備中に「そうこうしているうちに現実に悲痛な事件が起こりました」と、この問題に心を痛めて一旦執筆が止まったそうです。宝塚歌劇団がパワハラを認めて謝罪会見したのは2024年3月でした。

私たちはみんな傍観者で 共犯関係だったと思う。

引用−竹原先輩の言葉『淡島百景』5巻147頁、アニメ12話終盤 

それでも淡島歌劇に未来や光を感じていたかった。

本日アップの貼り絵

制作年月日は不明です。収納されていたファイルから考えて2005年年ごろの作品だと思います。

広告写真を使っているので、私の想像ですが、『銀座百点』に掲載されていた画廊の広告ではないかと思います。東郷青児の絵かな。

クラフトパンチを上手に使ってピースを組み合わせていて、とても綺麗な作品です。

おママの貼り絵を見てくださり,有難うございます。

今月のイチ押し1❗️リターンズ❗️(2020年6月版)メロン❗️

(2020年6月12日 アルツハイマー型認知症の診断から約13年4ヶ月)

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今年もついに半分終わってしまいました。

目標としていたダイエットも全然達成できていません。

がんばれ❗️チャーコ❗️

気を確かにもって今年の後半を過ごしたいです。(^◇^;)

「今月のイチ押し❗️リターンズ❗️」とは

2023年1月におママが特別養護老人ホームに入所したので、もう、新しい貼り絵作品は出来ません。(面会時にシール遊びはしましたが…)

その直前の2022年12月まで、「月末企画❗️今月のイチ押し❗️」は当ブログの月末恒例行事でした。

オネコと私は「イチ押しミーティング」をして、特に印象に残る作品を選んできました。

それはすぐに意見が一致することもありましたが、紛糾する(大袈裟です)こともしばしば…。

しかし、それも出来なくなりました。寂しいものです。

「今月のイチ押し」は今見ても素敵な作品が多いです。当時を思い出して、今、感じることもあります。

そこで考えたのが「リターンズ❗️」。

6年間72枚の中から、私が特に好きな作品を再びご紹介する企画です。

(↓)先月の「イチ押しリターンズ❗️」です。

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なんか美味しそう❗️

今回この作品を見直したとき、

「あぁ、これ、涼しげで美味しそうだと思ったんだ」

と懐かしくなりました。

おママがよく使用した「クリネックス」緑の箱を使っています。

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私はサラダかなと思ったのですが、姉のオネコさんや娘のアズキはこんな感想でした。

「カマキリみたい❗️面白いわ❗️」

とオネコには大ウケでした。

私にはサラダに見えるんですけどーーー‼️(°▽°)

同じ親から生まれた姉妹でも、斯くも感性が違うとは…。(๑˃̵ᴗ˂̵)

因みに娘のアズキは、

「カマキリかなぁ。えっ❗️サラダ?

あぁ、私には野菜たっぷりの懐石料理の一品みたいな?」
だそうです

当時のブックマークでいただいたコメントでは「メロンと生ハム」が多かったので、当時なるほどと思いました。

それで今回、ちょうどメロンの季節ですし、スーパーで買って生ハムを添えてみました。

お味は甘くて美味だったのですが、撮影用としては若干熟れ過ぎのようで…(^◇^;)

イメージ的にはやはり「メロンと生ハム」ですね。(๑˃̵ᴗ˂̵)

おママは果物が好きでした。

実家の朝食には必ずフルーツがありました。メロンも子供の頃はよく食べました。

酸味の強い柑橘類は苦手でしたが、メロンは甘いので、私はとても嬉しかったです。

そう言えば、娘のアズキはメロンが嫌いでした。

好き嫌いというよりは、アトピー性皮膚炎でアレルギー体質なので、メロンを食べるとあまり体調や気分が良くなかったからです。

そんな事情もあり、実家では到来物などでお相伴することもありましたが、私が自宅でメロンを購入したのはおよそ30年ぶりでしょう。

まぁ、アズキも結婚して世帯を持ったので、解禁しても良いですね。

アンデスメロンを一個(680円でした)を、今日と明日でダンナと食べようと思います。

 

(↓)おママは集中してハサミを使っていました。

(↓)こちらは絶対にキュウリですね。

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おママの貼り絵を見てくださり,ありがとうございます。

 

2026年5月の面会

(制作年月日不明アルツハイマー型認知症の診断前2005年ごろか)

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月一面会

毎月一回、特別養護老人ホームに入所したおママの面会をしてきました。

5月中旬にジジが今年2度目の退院をして老健に再入所したので、今後はオネコさんと2人でジジの面会にも行く事にしました。

幸い、おママの特養とジジの老健は同じ区内にありますし、午前,午後と1日で2件の面会は可能です。

5月に面会は28日。午前はおママの特養、午後はジジの老健の予約を取りました。

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おママの面会

最近、あれこれ雑事に追われ、おママに持参する物を新たに考える余裕がなかったので、ここ何回か持参しているセットをそのまま用意しました。

これに紙風船、1年以上前に持参した絵本『ふうせんのおしらせ』を追加しました。

絵本を読むことは無理ですが、もしかしたら,おママはページをめくるのに興味を示すかもしれません。

最初は足元の靴下が気になっているのか、さほど絵本に興味を示さなかったのですが、意外とすんなり手に取って注視してくれました。

なにせ、おママは緑内障でほとんどの視野が欠損しています。その小さな視野で昔大好きだった絵本をとらえてくれたら儲け物です。

youtu.be

<おママ絵本を見る動画>

2026年5月28日11:04〜

おママは『ふうせんのおしらせ』の絵を見ています。

「でも見てる。」

「やっぱり自分でこうしないと…。」

と私とオネコさんが話していると、

「そうよ❗️ほんとうにそう❗️」

とおママは明瞭にいうではありませんか。そして意味不明な言葉にならない発語の中に日本語も少し混ざっているではありませんか❗️

「……………ひとつ、くるくる………………

バァーとして(パンパンと手を打ち)私は………」

この日のおママはご機嫌で沢山お話をしてくれました。(๑˃̵ᴗ˂̵)

そして、熱心にページをめくって絵本の絵に見入っていました。

(↓)『ふうせんのおしらせ』の書籍情報はこちらです。

https://www.fukuinkan.co.jp/book?id=1872

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しかし15分くらい経過すると、おママは疲れてくるようです。お昼前ですからお腹も空くようです。

(↓)今回もピンクの卵形のマラカスを口元に持っていき、食べる真似ををしています。おママはこの行動を毎回しますから、よほど卵形のマラカスが美味しそうに見えるのでしょう。(^◇^;)

今回はチャーコのスマホを手にして、何を思ったのでしょう画面から何かを摘み上げて食べる動作をしていました。きっと、空腹を強く感じ始めていたのかもしれません。

youtu.be

<おママ食べる真似をする動画>

2026年5月28日11:20分ごろ〜(25秒)

おママさん…お腹空いてるのね。ちょっと食い意地が張りすぎてやしませんか?(^^)

まぁ、おママがの元気な笑顔が見られて良かったです。

ジジの面会

退院してから、ジジは発熱もなく元気に過ごしていたようです。

ジジの面会には何を持っていったら喜んでくれるのか、いまいちまだ掴めていません。

ジジが短歌を書いていた原稿用紙がまだ実家にあるので、未使用に原稿用紙のパッドとボールペンを差し入れました。

老健のスタッフさんから「何か一生懸命に原稿用紙に書いていらっしゃいます」と言われたので、これはジジの退屈しのぎには有効なのでしょう。

ほぼ2週間ぶりに会ったジジはとても元気でした。

相変わらず、妄想話に終始していたのですが、

「今日、麻雀やりませんかと誘われてやったよ、

それで、勝ったよ」

と嬉しそうに言うではありませんか。(๑˃̵ᴗ˂̵)

デイサービスでもずっと麻雀を楽しんできたジジですから、老健で機会があってほんとうに良かったと思います。

 

面会の後にケアマネジャーさんと面談をしました。

4月中旬に、オネコさんは老健のケアマネジャーさんと相談の上、特別養護老人ホームの申込申請書を作成し投函しました。ジジの住んでいる自治体では書類の項目に点数が付与されており、その合計が100点に近い方が緊急性が高いと判断されます。大体80点以上が待機リストの上位になります。

ジジは自治体からの回答で80点になりました。

緊急性が高いのですが、元々この自治体にある特養のベッド数の9割が女性用らしい。だから、男性の新規入所はなかなか難しそうです。

「気長に待ちましょう。」

そう言っていただき、心強いです。ただ、特養より老健の方が費用が高い印象があるので、できれば早めに特養に落ち着いてほしいです。

「田中さん(ジジ)は一生懸命に文字を原稿用紙に書いていらっしゃるので、来月の介護プランにご署名をお願いしたら、しっかりご自分でお名前を書いてくださいましたよ。」

ジジにはジジらしさを大事にしながら、老健で元気に過ごしてほしいです。

(↓)これは2020年9月に書いたイラストです。当時私は白内障の手術の直後で、タブレットの光が眩しく辛かったので、スケッチブックに色鉛筆で描いたものです。

ジジがデイサービスで麻雀を楽しんでいる様子を想像しながら描きました。

懐かしや。(^。^)

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本日アップの貼り絵

制作年月日は不明です。収納ファイルの状態から、おそらく認知症の診断前、2005年頃の作品だと思います。

元の紙は不明ですが広告写真の一部だと思います。

おママが手にするカラー写真の広告付きの冊子といえば『銀座百点』です。もしかしたら2005年ごろの『銀座百点』から切り抜いたのかもしれません。

色彩も構成も美しいです。

おママお見事です。(๑˃̵ᴗ˂̵)

www.hyakuten.or.jp

(↓)『銀座百点』の広告ページを利用した作例です。

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harienikki.hatenablog.comおママの貼り絵を見てくださり,ありがとうございます。

久しぶりに実家へ

(制作年月日不明アルツハイマー型認知症の診断前2005年頃)

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ジジ不在

今年3月のジジの入院から5月中旬の2度目の老健入所まで落ち着かない日々が続いていました。その為、私が実家へ行くことは,その間数えるほどしかありませんでした。

ジジが大学病院を退院して、1回目の老健入所となった時、オネコさんが立ち合ってレンタル業者に介護用品を返却しました。

トイレの手摺り、玄関の昇降を助ける手摺付きの昇降台、介護ベッド、車椅子。

それらが一気になくなると、ジジがもう家には戻れないことを実感しました。

なんともいえない寂しさを感じます。

98歳のジジにとって、「自分の家」は戦前に両親や弟妹と暮らしていた渋谷区の借家で、50年以上暮らした実家は既に自宅という感覚ではありませんでした。

それにジジが自宅で暮らしていくのを支えるのは、私達娘にも限界がきていたから、施設入所は仕方なかったと思います。

ただ、ジジ本人が自宅思考の強い人だったから、少し可哀想というか、申し訳ない気持ちもあります。

いや、仕方ないよ。仕方なかったんだ…。

そう私は自分に言い聞かせております。

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オネコさんに感謝

ジジは不在になっても、徒歩圏内に住んでいるオネコさんが日に一回は自宅へ行ってくれています。郵便物や庭や植木の手入れと、まだまだ祖父母の代の荷物も残る実家の片付けのためです。

ジジのベッドがなくなったスペースに片付けや分別途中の道具等が出してあったりして、ジジの自宅は確実に終焉に向かっているけど、まだまだ生きているというか、空き家化はしていません。

オネコさん、本当にありがとうございます。

今年も庭の紫陽花は見事に咲いていて、オネコさんの手入れの賜物です。

(↓)私たちが子供の頃から在ったガクアジサイ。50年以上花を咲かせている御長寿紫陽花ですね。

(↓)三河千鳥。可愛らしいです。

(↓)白はアナベル、青は四季咲き紫陽花。下の方の小さな花は伊予獅子手毬です。

情報社会⁉️

そういえば、3月にジジが救急搬送された数日後、オネコさんが実家の郵便受けを確認すると、なんと葬儀社の広告が入っていたそうです。

あの家に高齢者が住んでいる。

それが救急車で搬送された。

普通に考えると、死亡する可能性が高い。(ジジは生命力が強いので健在❗️)

この情報がしっかりとキャッチされて流れているのです。

誰が見ていた?どうやってこの情報が流れたのか?

今の世の中、あなどれないし,怖いです。油断できませんね。

 

本日アップの貼り絵

制作年月日不明で、アルツハイマー型認知症の診断前の作品です。収納されているファイルの状態から考えて、2005年頃だと思われます。

紫陽花の雰囲気なので選んでみました。使った紙は広告写真です。

クラフトパンチで型抜いたのかなと思いましたが、現在残っているパンチの中には該当する物がありませんでした。壊れてなくなったのかな。

小さな扇形とカーブした雫は革工芸で使うパンチで抜いたのでしょう。

おママの貼り絵を見てくださり,ありがとうございます。

クレバァの七回忌

(制作年月日不明アルツハイマー型認知症の診断前2005年頃)

僥倖 

2020年6月4日に義母のクレバァが癌の闘病の末に亡くなりました。

早いもので、もう6年。

5月下旬にダンナと私、アズキ夫婦の4人で七回忌を執り行いました。お墓のあるお寺さんに行って、お経を読んで頂き、お墓参りをしました。

その後、アズキの夫君の車で私達の自宅へ戻り、ささやかな食事をして、和菓子などを頂きながら歓談をしました。

因みに義母はとても頭の回転が速くて賢い人だったので、まさに「クレバー」な「おばあちゃん」でした。

七回忌に臨んで、ふと思い出すのは、クレバァが亡くなる5日前に、当時アズキの彼氏だった夫君がお見舞いに来てくれたこと。

「あの時、会ってくれて良かったわ。」

「本当に、ご挨拶できて良かったです。」

そう夫君が言ってくれて、きっとクレバァも嬉しいでしょう。

 

この彼氏の来訪は2020年5月30日土曜日でした。この予定はその週の火曜日ごろに決まったので、私はすぐにクレバァに伝えました。楽しみが先にあると思うと、心の張りになると思ったからです。

「土曜日にね、アズキの彼氏がお見舞いに来てくれるのよ」

クレバァはとても喜んでくれました。

しかし、その翌日から毎日、クレバァは私やダンナに言うのです。

「今日,何時ごろにアズキの彼氏が来てくれるの?」

「土曜日ですよ、彼氏も仕事がありますから、土曜日でないと来られないから。」

「だって、今日来てくれるって

あなた、言ったじゃないの❗️」

いやいや…そんな事は言ってないってば…。土曜日なんですよ。

そして毎回クレバァはそんな先だなんて…」と落胆してました。

この会話を水、木、金と繰り返していたのだから、よほどクレバァは彼氏に会ってみたかったのでしょう。アズキは赤ちゃんの頃からアトピー性皮膚炎だったし、クレバァはアズキのことが心配でならなかったのだと思います。

実際、彼氏が来てくれた時は、もうご機嫌で、喜んでいましたわ。

「いい感じの人で良かったわぁ。」

ご満悦でした。(๑˃̵ᴗ˂̵)

クレバァ、あの時の、アズキの彼氏は夫君になりましたよ。

きっと喜んでくれていますね。(^。^)

コロナ禍での闘病

2020年と言えば、コロナ禍が始まった頃です。

2019年の夏頃にクレバァが胃癌と診断されました。すでにステージ4でした。

当時84歳だったクレバァは肺にも転移が見つかり、手術はあまり効果はなく、抗がん剤治療を勧められたのですが,本人はそれを拒否しました。残る道は緩和ケアです。

幸い地域中核病院に緩和ケア病棟があり、最終的にそこへ入院する手筈になっていました。

しかし、コロナのクラスターが発生し、その地域中核病院は敢えなくロックダウン。当面、新たな診察も入院もできなくなってしまいました。

そして、私達家族は,在宅での闘病から看取りまで行うこととなりました。

私は当時の様子をブログに書いていました。

今回,それを読み直すと感慨深かったです。

本当に大変だったのは、4月中旬から亡くなるまでに約1ヶ月半でした。

本当に短かった。

その短い期間にクレバァは急速に悪化し衰えていきました。私はその容体の変化に対応するのに精一杯でした。今思えば、その短く凝縮した介護は、私にとってはとても大事な経験になったと思います。

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(↓)亡くなってから、その振り返りの記事。

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私は丸山ワクチンで余命宣告された癌が治るとは全く思っていません。ただ体調を少しでも保つために、抗がん剤治療を拒否したクレバァが何か治療のような事をしながら前向きになれれば良いなと思って勧めました。この点ではやって良かったと思います。

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最初は全く在宅で看取るなんて、私はできるとは思いませんでした。しかし,本人の「入院したくない」という意思を尊重して良かったと思います。訪問診療、訪問介護、相談にのってくれて直ぐに対応してくれたケアマネジャーさん。それら全てがうまく連携してサポートを受けられた。それは幸運だったと思います。今でも感謝しております。

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本日アップの貼り絵

制作年月日不明です。収納されていたファイルの年代から、おそらく2005年頃の作品だと思われます。おママがアルツハイマー型認知症の診断を受ける前でした。それでもこの頃から記憶力は衰えを見せ始めていて、私達家族は心配でした。

使用したのは紙ではなく薄い布です。

おママが革工芸を習っている時に購入した抜き型のパンチを使用したのだと思います。

(↓)この写真のパンチは星型ですが、おママは円形のパンチも大小取り揃えていたので、それを使ったのでしょう。大きい円形のパンチで4色の布を型抜き、それを2分割や4分割して組み合わせています。

おママの貼り絵を見てくださり,ありがとうございます。

今月のイチ押しリターンズ(2020年5月版)ルリユールの名残

(2020年5月29日アルツハイマー型認知症の診断から約13年3ヶ月)

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今週は台風6号が日本列島に上陸しそうです。

大きな被害が出ませんように。

またしても,月が明けてからの月末企画更新です。

情けなや…(^◇^;)

「今月のイチ押し❗️リターンズ❗️」とは

2023年1月におママが特別養護老人ホームに入所したので、もう、新しい貼り絵作品は出来ません。(面会時にシール遊びはしましたが…)

その直前の2022年12月まで、「月末企画❗️今月のイチ押し❗️」は当ブログの月末恒例行事でした。

オネコと私は「イチ押しミーティング」をして、特に印象に残る作品を選んできました。

それはすぐに意見が一致することもありましたが、紛糾する(大袈裟です)こともしばしば…。

しかし、それも出来なくなりました。寂しいものです。

「今月のイチ押し」は今見ても素敵な作品が多いです。当時を思い出して、今、感じることもあります。

そこで考えたのが「リターンズ❗️」。

6年間72枚の中から、私が特に好きな作品を再びご紹介する企画です。

(↓)先月の「イチ押しリターンズ❗️」です。

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ルリユールの名残

おママは50代後半から60代の頃,ルリユール(ヨーロッパの伝統的な製本技法)を学んでいました。元々40代から革工芸をやっていて、若い時から本の製本にも興味があったおママです。良い先生と出会ったら、自然な流れで取り組んだのだと思います。

過去にも記事でご紹介していましたが、おママは革で装丁し、その表紙の表面に薄く削いだ色革をモザイク(象嵌)したり、金箔で線や曲線・文字を貼る工芸金箔に取り組んでいました。

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当時のおママはまだアルツハイマー病にもなっていませんでしたから、手先の器用による緻密な手仕事のレベルは高かったと思います。本人は当時、

「近くで見るとアラが目立つから、

じっくり見るのは、やめてぇ❗️」

と言っていましたが、モザイクも工芸金箔もなかなかな腕前だと思います。

v(๑˃̵ᴗ˂̵)v

このモザイクに使った薄く削いだ色革は、おママがアルツハイマー型認知症になってルリユールができなくなっても、「おママの貼り絵」に度々活用されてきました。

2020年5月の「今月のイチ押し」作品もそうでした。

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2020年5月29日、私は貼り絵の材料を探して、おママの机を漁っていました。

「見つけた❗️」

(↓)これです。小さな薄革の入れ端がたくさん入っていました。

(↓)2002年6月11日にディズニーシーの入場券も入っていました。(๑˃̵ᴗ˂̵)

楽しそうにおママは薄い色革を並べました。

ルリユールの名残は素敵な作品になりました。

(↓)同じような色革を使った作例です。

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思えば、ここ最近ご紹介している2005年頃の作品も同じような薄皮を使っていました。

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おママの貼り絵を見て下さり,ありがとうございます。