
(アルツハイマー型認知症の診断前 2005年頃)
*最後の日々
前記事でご報告をしてから、あっという間に10日も過ぎてしまいました。
おママの時はまだジジが入院中だったので気が張っていましたが、なんだか疲労感や倦怠感が抜けません。ジジを火葬してから早1週間。私はまだ気持ちを上向きにできていません…(^◇^;)
9月15日にジジは療養病院に転院しました。その日から末梢点滴は終了し、皮下点滴1本のみになりました。それでも結構意識はしっかりしていたのですが、やはりおママが亡くなった頃から、衰えが顕著になってきました。
何か言おうとはしているのですが、声を発する力がないので聞き取る事は難しくなっていました。
それでも、おママが亡くなった9月20日頃から、親戚が積極的に面会に来てくれたのは、とてもありがたかったし、ジジにも良い刺激になったと思います。
9月23日、ジジの母方の親戚のYちゃん(私と同世代)が娘さんと所用があって上京しました。その時、私に連絡がありました。
「出来たら、伯父さんに会いたいな…。」
私もね…、お葬式で会うより生きているうちに会ってもらいたいかな…。
ジジは10年以上会っていなかったYちゃんを見て、目を見開いて微かな声で
「ありがとう」
と言っていましたし、娘さん(20代)の手を握りしめていました。よほど嬉しかったののね。(^◇^;)
10月に入ると、ジジの妹である久美子叔母さん(93歳)とそのご家族の皆さんが来て下さいました。ジジはかなり弱ってきて、おそらく月末まではもたないと思われます。
仲の良い兄妹でしたから、
「久美子叔母さんが会いたいと思ってくれるなら、悔いのないように何度でも来てくださって構いません。」
ただ叔母さんも御高齢ですし、ご自宅から病院までは結構遠いです。ご家族に自動車で送迎してもらわないと面会は不可能です。それでも、2週間で3回来てくださったので、ご家族の協力にも感謝しました。やはり、久美子叔母さんが
「お兄ちゃん❗️」
と声をかけて,昔の話をすると、声は出ずとも反応は良かったです。
10月上旬、皮下点滴で2週間以上経過しても、ジジは手を握ればかなり握力もありましたし、看護師さんによるとお小水も出ていて、血圧は少し高めくらい。状態は安定していました。ジジは本当に身体は丈夫だったのでしょう。
私の娘のアズキですが…9月初旬に夫君の転勤に帯同して、東北暮らしとなりました。
引っ越し前の8月にジジとおママの病院にそれぞれ面会をしてくれていましたが、10月に入って、ジジの事も気になっていたようです。10月10日から12日は婚家の法事で関東に来ていましたから、私が声をかけたら12日に面会をすることになりました。
しかし、この日の昼頃から山手線の事故の影響で、JRは運休やダイヤ乱れとなり、埼玉から都内西部に来るのは時間的に難しくなり断念しました。結局、8月が最後となってしまったので、それはアズキにとっては悔いが残ってしまったようです。
オネコさんは、ほぼ毎日ジジに会いに行っていました。私は駅からの徒歩も入れたら片道1時間半ほどかかるので、週2回くらいでした。どんどん痩せ細り衰えていくジジを見るのが、私は本当に辛かったです。
*毘沙門天信仰
ジジは50代の頃から、関西に出張に行く度に寺社仏閣を訪れるようになったそうです。中年期は仕事も難しい問題に直面する事もあり,きっと心の拠り所を求めていたのでしょう。
その中で、京都の鞍馬寺の国宝毘沙門天像(三尊像)に心打たれてからは、毘沙門天を拝んで一人で信仰していました。
(↓)鞍馬寺 霊宝殿<3階、仏像奉安室>に安置されている国宝の毘沙門天三尊像
毘沙門天は仏道を守護する天部の神です。四天王の多聞天です。福の神でもありますが武神です。鞍馬山から京の都を見渡しながら守護していらっしゃる。(๑˃̵ᴗ˂̵)v
「毘沙門天は強いよ、戦いの神でもあるんだよ、鞍馬寺の毘沙門天は厳しさと優しさを兼ね備えたような力強さを感じる」
ジジはよくそう言っていました。鞍馬寺の像様とは異なるけれど、小さな木像と金銅像を2体を持っていて、毎日拝んでいました。
10月13日、オネコさんが面会に行く時に、木像の毘沙門天様を持参したら、ジジは目をしっかり見開いて,ぎゅっと両手で握りしめたそうです。
その翌日10月14日の夕方にジジは亡くなったので、
「私が毘沙門天像を持っていったから,ジジは死んじゃったのかしら…」
オネコさんはそう気にしていました。

でも、私からすると、あれほど信仰していた毘沙門天に導かれたなら、ジジは本望だったでしょうし、幸せな最後だったのではないかと思います。
きっと、毘沙門天様は
「よく頑張って、ここまで生きた❗️」
と褒めてくれたでしょう。(๑˃̵ᴗ˂̵)v
ジジもおママと同じように、火葬のみの直葬にしました。納炉前の控室で近親者のみのお別れ会をして、皆で思い出話に花を咲かせました。
棺には2022年3月に私とアズキが鞍馬寺へ参拝した際に頂いた御朱印やお守り、件の木像もしっかり納めました。
そして、私が2023年春から鞍馬寺の国宝毘沙門天像の写真を元に下絵を制作して、同年秋に描いた仏画も、ジジのお供に加えてもらいました。これは、ジジの依頼で制作し、納棺する約束でした。
<M10号(530×333mm)、紺色の鳥の子紙に耐変色性準金泥で線描き。>
鞍馬寺ではムカデは神様からの御使いとされていたとの事なので一緒に描きました。

これは忘備録ですが…。
会葬御礼はモンロワールの「リーフメモリー」にしました。一包みに小さな葉っぱ型のチョコレートが7つ入っていて、とても可愛らしくて美味しいです。
ジジはチョコレートが大好きでした。高級な物でなくてもOKな人でしたから,スーパーで売っている板チョコをバキバキ割って食べていました。
生前、ジジがこの「リーフメモリー」を食べた時
「美味しいけど、小さいのが包んであってお体裁はいいが…」
と、全く食べ足りない顔をしていましたっけ(^◇^;)
まさか会葬御礼にスーパーの板チョコではどうかと思いましたから、贈答にも使える「リーフメモリー」にしましたわ。(°_°)
(↓)2022年に私とアズキが京都を旅行した記事
*本日アップの貼り絵
制作年月日不明ですが,収納してあるファイルに状況から考えると2005年ごろの作品だと思います。
前記事でご紹介した作品とは,連作だったのではないかと思います。

おママの貼り絵を見て下さり,有難うございます。













その頃、私は15時からのジジの面会に向かっていて、電車の中でした。オネコさんとLINEで相談の上、私は予定通りジジの面会をしてから、バスでおママの病院に行くことになりました。

