アルツハイマーとともに〜おママの貼り絵日記〜

アルツハイマーの母(おママ)が作った貼り絵と暮らしを紹介しております。

2026年4月の面会

(制作年月日不明2005年頃 アルツハイマー型認知症の診断前)

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ずいぶん間が空いてしまった

4月20日の午前中におママと面会をしました。

同じ日の午後にジジの入所した老健に面会に行くので、この日はオネコさんと二人、姉妹でバスを乗り継ぎながら移動しました。

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思えば、前回おママに面会したのは1月20日でした。

2月はお互い日程調整できず、3月はジジが誤嚥性肺炎で大学病院に入院しました。4月はジジが老健に入所したり、熱を出したりと落ち着かず、ようやく4月の下旬に実現しました。

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いつも面会の時は、おママが楽しめそうな物を考えて持参していました。

しかし、この日は、高熱と微熱を繰り返していたジジことが気がかりで、実家で何か他の物を探す余裕はありませんでした。

いつも定番で持参しているピンクの卵形のマラカスと紙風船、そして前回と同じ革工芸のブーツ型ペン立て(半世紀近く前におママが自分で作った)を用意しました。

元気でホッとした

3ヶ月も間が空いてしまったけど、おママの穏やかな様子を見て、私は心からホッとしました。

(↓)ペン立てに無理やりピンクのマラカスを捩じ込んでいます。(๑˃̵ᴗ˂̵)

緑内障による視野欠損はかなり進んでいるので、手元すら視界に入らないおママですが、まだ若干光が残っているようなので、私は胸を撫で下ろしました。

「おトイレはまだ行かれるのですか?」

そうスタッフさんに訊くと、

「はい、立ちあがろうとしたり,落ち着かない素振りの時に誘導すると、ちゃんとおトイレで用を足していらっしゃいます」

とのことでした。

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<おママが楽しそうにタッチする動画>

2026年4月20日11:16頃から

オネコさんとタッチをしながら遊んでいます。おママは緑内障によって視野の大部分が欠損しているので,なかなか視線を合わすことができません。しかし、この時はオネコさんの存在に気が付いて、ちゃんと見ながらタッチしているので、とても嬉しそうです。

 

紙風船でも遊べましたが、あまり視界には入っていないようでした。しかし紙風船のクシャクシャっとする触感は好きなようです。

(↓)久しぶりに写実的な表現を目指して描いてみました。(๑˃̵ᴗ˂̵)

(↓)最後に貼り絵を収納したアルバムを渡したら、しっかり注視していました。やはり自作の記憶はなくても、貼り絵には気持ちが向くようです。

(↓)画面に見えていた作品はこちらの記事に掲載しています。

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*本日アップの貼り絵

制作年月日不明で、おそらく2005年頃のアルツハイマー型認知症の診断前の作品です。

前記事、前々記事と同様に、薄く削いだ色革をクラフトパンチや細型のパンチで型抜きしてピースを拵えたようです。

おママの貼り絵を見て下さり,有難うございました。

ジジ老健(介護老人保健施設)に入所する

(制作年月日不明 アルツハイマー型認知症の診断前 2005年ごろ)

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順調に進んだ

もう1ヶ月以上経ってしまいましたが、4月6日にジジは大学病院を退院して、老健に入所しました。

私達姉妹はジジが夜間一人で実家で過ごすのはもう無理だと判断し、近い将来には特別養護老人ホームに入所させたい。そう考えています。

大学病院ではその意向を踏まえて、入院中に介護保険の認定区分変更を勧めてくれて、認定調査の結果待ちの状態でした。そんな流れから、特養に決まるまで入所していられる老健を紹介されました。(3か月ごとに事務処理はあるようです)

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入所に先立つ5日前、オネコさんと私は揃って老健を見学し、入所に関わる契約書を渡されました。

「当日は説明や契約にまつわるお話もあるので、それまでに読んでいただき、ご署名やご捺印は済ませて下さい。」

実際、書類には10箇所以上署名捺印が必要でした。

費用に関してですが、

老健では、自前の服を着るなら、家族が定期的に洗濯物を回収して洗濯をして、又届けなければなりません。私もオネコさんも電車やバスを乗り継がないと来られないので、それは無理と判断しました。そうなると施設のレンタルの衣類を使用することになります。その他の諸雑費もあり、費用的にはおママの特養よりも4万円ほど高いです。なるべく早く特養に入所できたらいいなぁ。

でも、廊下もフロアも広々としていて、リハビリに励む入所者や面会で訪れている人も穏やかな感じがします。良さそうな施設だと思いました。

しかも、スタッフさんから

「お父様は麻雀はなさいますか?」

と聞かれて、人数が集まれば、また卓を囲む楽しみもあるかもしれません。ジジにとっては何よりの事でしょう。

退院と入所

大学病院を退院する日、オネコさんと私が病室に迎えに行くと、ジジは用意して置いた退院用の服に既に着替えさせてもらっていました。病室入り口の壁に張り紙があり、なんだか見覚えのある、全く解読し難いジジの文字が書かれていました。

「昨夜、ご自分で短歌を書かれたんですよ。」

看護師さんに褒められて時事もご満悦でした。

「さくら花 庭に咲かずに(庭に2本ある)忘れたか 

となりのさくら 花びらの散る」

ええええ…実家の庭には桜なんてないけど…。(^◇^;)

ツッコミどころ満載ですが、三十一文字に揃えたところは、ジジさすがですね。

そして、介護タクシーに乗って、私達は老健に向かいました。

老健に到着したら、ジジはすぐに居室に移動しました。そしてオネコさんと私はスタッフと契約をし、看護師、相談員と面談をしました。

「介護保険と医療保険は併用できないので、もしご病気になって入院をされる場合は、一応退所扱いになります。でも、戻っていただく事も出来ます。」

なるほど…。

出来ればそんな事もなく、特養が決まって退所するのがベストですね。

面談中にそんな事を思った矢先に、スタッフの一人が血相を変えて駆け込んできました。

「実は,今お着替えをしたのですが、田中さん(ジジのことです)が「ズボンのポケットに2万円入っていたはずだ」と仰って、確認したのですが,見当たらないのです。」

えええええ…(°_°)

ジジったら❗️

退院の衣類を揃えたのはオネコさんですから,そんなわけないのです。

「いえ、最初から全くお金は入れていません。」

キッパリと私たちが言うと、スタッフさんはホッとした様子でした。

「よく、お金を持っていた…とおっしゃる入居者様はいらっしゃるのです。ご家族様に『ない』と確認さえ取れれば、こちらで対応できますので。」

嗚呼、早速お手数をおかけして申し訳ありません。m(_ _)m

必要な面談が終了して、オネコさんと私は帰路につきました。

ジジはこうして施設に入所しました。

オネコさんも私も少し肩の荷が下りてホッとしたような、

少し寂しさも感じながらバス停に向かいました。

悪い予感がする

その翌週、私は一人旅をしたのですが、その最中の4月15日に老健から私のスマホに着信がありました。

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「実は2日前から田中さんは熱を出されていまして、解熱剤を服用すると微熱くらいに下がるのですが、またしばらく経つと37度台の後半くらいに上がってしまうので、インフルエンザとコロナの検査をしましたが陰性でした。食欲はあるしご気分は悪くないようなので引き続き解熱剤で様子を見ます。また2日後に熱が続くようなら再度検査をします。」

ジジ…,入所から約1週間で発熱ですか。

なんか,胸騒ぎがしました。

そして2日後の4月17日にまた施設から電話がありました。

「やはり今日も38度台の熱があるので、こちらの嘱託医が誤嚥性肺炎を疑って点滴の薬を始めたら36度台に下がりました。痰が酷くて血中濃度が90くらいに下がるけど、痰の吸引をすると96まで回復しました。またしばらく処置を続けながら様子をみます。」

誤嚥性肺炎が再発しているらしい。ジジも痰が多かったら辛くて気の毒です。

しかし、この処置を数日ほど続けたら、少し良くなったようです。

実は4月20日にオネコさんと私は面会の予約をしていて、無事にジジに会うことができました。当日朝は37度くらいの微熱があったそうですが、午後の面会時は平熱になっていたようです。

思ったより元気そうなジジの様子に安心しました。

この時、リハビリの計画書を渡されました。その中にこんな文言がありました。

入所当初は夜間の不穏が多くありました。現在も帰宅願望やお金に関する訴えは多く聞かれますが、入所当初に比べると落ち着かれた印象です。

やっぱり❗️これは自宅にいても帰宅願望(少年時代に住んでいた借家)やお金の事はよく言っていたからジジにとっては通常運転です。お手数おかけして申し訳ない…。

簡易認知症検査で該当したので(8点/30問)認知症短期集中リハビリテーションを週3回3か月行います。

おやおや、ジジはかなり認知症が進んでいたのですね。検査を実施してもらえて良かったです。

ジジは要介護4になりましたし、今後は施設の相談員さんと話し合いながら、特養の申込み書類を記入していくことになりました。

本日アップの貼り絵

制作年月日は不明ですが、収納してあるファイルからおそらく2005年ごろの作品です。アルツハイマー型認知症の診断の2年前にあたります。

前々回の記事と同じように薄く削いだ皮を型抜いて貼ったのだと思います。

 

おママの貼り絵を見てくださり、ありがとうございます。

月末企画❗️今月にイチ押しリターンズ❗️(2020年4月)

(2020年4月1日 アルツハイマー型認知症の診断から約13年2ヶ月)

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近況報告

月末企画なのに今回も月を越しての更新です。面目ない…。

4月を振り返ると、あっという間に過ぎ去った気がします。

世の中はゴールデンウィークなんですって。

全くそんな気がしませんし、むしろ姉のオネコさんも私も普段より忙しいくらいだと思います。

4月は思い切って一人旅をしました。

しかし,その前後、そして今もジジの環境はなんだか落ち着きません。

それで、私ら姉妹は翻弄されているのです。

また、その話は後日にでも記事にしたいと思います。(^◇^;)

5月には少し状況が落ち着きますように。(^^)

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「今月のイチ押し❗️リターンズ❗️」とは

2023年1月におママが特別養護老人ホームに入所したので、もう、新しい貼り絵作品は出来ません。(面会時にシール遊びはしましたが…)

その直前の2022年12月まで、「月末企画❗️今月のイチ押し❗️」は当ブログの月末恒例行事でした。

オネコと私は「イチ押しミーティング」をして、特に印象に残る作品を選んできました。

それはすぐに意見が一致することもありましたが、紛糾する(大袈裟です)こともしばしば…。

しかし、それも出来なくなりました。寂しいものです。

「今月のイチ押し」は今見ても素敵な作品が多いです。当時を思い出して、今、感じることもあります。

そこで考えたのが「リターンズ❗️」。

6年間72枚の中から、私が特に好きな作品を再びご紹介する企画です。

(↓)先月の「イチ押しリターンズ❗️」です。

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2020年4月1日の作品

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最近、当ブログでは2005年ごろの、「おママの貼り絵」のごく初期の作品をご紹介しています。それらを見直すと、おママがずっとシンメトリーを強く意識しながら平面構成をしてきたのだと思います。

それから15年。アルツハイマー型認知症歴13年にもなりますと、初期の洗練された雰囲気よりも、私の予想を遥かに超えていく大胆な魅力を発揮していきます。

でもおママの脳に深く刻まれたシンメトリーへの意識はずっと続いていきました。

縦軸や横軸だけでなく、斜めの線対称、その線の中心点を意識した対称。

それは、認知症になっても、言語が衰えてきても、おママが考え続けた証です。

おママに見せてもらったら…、凝った作品になっているではありませんか‼️ 

一部を除き、ほとんどが斜めに傾いた縦軸を中心に対称になっています。

「おママ、考えたな…。」

相当疲れたと思います。でも、その割には達成感の方が疲労 より勝っていたのでしょう。おママは笑顔でジジに見せていました。

おママの貼り絵を見てくださり,有難う御座います。

入院中に介護保険の区分変更調査を受けました。

(制作年月日不明 アルツハイマー型認知症の診断前2005年ごろ)

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入院中の申請

ジジは98歳。3月初旬に誤嚥性肺炎で大学病院に入院しました。

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今年に入ってジジは室内での歩行も段々難しくなりました。排泄もトイレまでは行かれずベッドの近くに置いたポータルトイレを使っていたのですが、まず自分でズボンや紙パンツの上げ下ろしが出来なくなってきたのです。

「もう在宅では難しいのではないか?」

そう思っていた矢先の入院でした。ジジにはさほど潤沢な預貯金があるわけではありません。おママの特別養護老人ホームの費用もあります。ジジが入所可能なのは、やはりおママと同等くらいの費用の施設です。

そうなると特別養護老人ホーム。その一択❗️

ジジは要介護3ですから特養の申し込みはできます。しかし、待機者は大勢ひしめいているんですよ…。

実家のある自治体は特養の申し込書類の質問事項一つ一つに点数が付与されています。その合計得点が100点により近い方が緊急性が高い待機者として毎月リストアップされます。そして各施設に空きがあると、そのリストの上位者から入所手続きが進められます。

因みに、おママは要介護4の時に申し込みをして85点でした。その通知が来てから、凡そ2ヶ月半で入所手続きに入りました。その経験から、

「せめて要介護4にならないと難しいかな…」

と常々感じていた私達。

退院後のジジの施設入所を真剣に考え、ケアマネジャーさんとも相談しました。

そして、入院中に介護保険区分変更調査をし、要介護4を目指すことにしました。

いつも悩みの種の「主治医の意見書」は入院中の大学病院の先生が書いてくれることになりました。

そして、3月16日に調査員さんによる対面調査が病院で行われました。

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いざ,認定調査❗️

3月16日。今回はオネコとチャーコが立ち合いました。

まず私達は.調査員さんと話い合いをしました。

オネコさんが入院前の生活やジジの介護の状態を書いた文書を作成してくれたので、それを相談員さんにお渡ししました。文書と話し合いの内容は下記のようなものでした。(↓)

①歩行

入院前は、週に4回のデイサービスで、そのうち2回は入浴サービスを受けている。今年に入ってデイサービスでも自宅でも転倒が多くなった。そんな時は自力では勿論のこと、自宅では家族が介助しても身体を起こすのが難しくなった。すでに自宅では歩行器がないと歩けず、外出時は車椅子だ。入院前の1週間は、歩行器を使っても足が前に出なくて転倒している。この先、家の中やデイサービスでも車椅子生活になる可能性が高いが、自宅ではそれは難しい。屋内でも車椅子が必要になったら、デイサービスに通えるか分からない。デイサービスに行かれなくなる可能性が高い。

②排泄

排泄の失敗が増えている。自分でズボンや紙パンツの上げ下ろしが出来なくなってきた。認知機能も記憶力も衰えているのでトイレで排泄しようとしても失敗してしまう。

③食事

平日の夕食は宅配弁当を食べていますが、自分で温めることは不可能(自分でお弁当を持って歩くことはできない。今回,誤嚥性肺炎で入院したので、そろそろ普通食は難しいのかもしれない。

今回の入院で,自立歩行や排泄はさらに難しくなると予想され、退院後に自宅での一人暮らしは不可能と思われるので、退院前に介護保険区分変更を申請しました。

④その他認知機能について

5分前のことも殆ど記憶していない。過去60年分の記憶が失われ、自宅にいても「家はどうなっているのか?いつ帰れば良いのか?」などと言う。それは少年時代に住んでいた家を自宅と思っている。娘たちの名前は覚えているが、娘ではなく妹と思っている事が多い。「さっきひと回り出かけてきたよ」などとあり得ない話をよくします。食事を食べたことを忘れて冷蔵庫を漁り冷凍食品を凍ったまま食べようとしていたこともある。

若い頃から片耳を失聴している。

質問とジジの迷回答

さて、これから調査員さんがジジに直接聞き取り調査をしました。

緑色の文字は調査員さんからの質問で、青文字がジジの回答、黒文字は私の感想です。

Q:お名前は?生年月日は?

A:ジジはスラスラと答えました。「100歳までいけるかな?」

Q:誰と暮らしていますか?

A:姉妹と暮らしています。女房は病院にいます。←姉妹とはオネコさんとチャーコか

Q:ここがどこだかわかりますか?

A:わかりません。

Qこのように出来ますか?

調査員さんは両腕を前に肩の高さほどに上げてから左右に広げて下ろした。ジジは難なく出来た。

Q:ベッドで寝ていて、起き上がる時はどうやっていますか?

A:「?」ジジは理解できなかったようだ。

Q:目の病気はありませんか?この名札は読めますか?

調査員さんは自分の胸につけている名札を示しました。

A:◯◯さん (←正解)

Q:朝ごはんは食べましたか?

A:食べた。お粥より硬いものだった。自分で食べた。

Q:トイレに行く時はどうしていますか?

A:声かけしてから行ってる。←実際は病院では必ず看護師さんが介助していました。

Q:この病院では着替えは看護師さんがやってくれますか?

A:はい,やってくれます。良い病院だよ。取引先の⬜︎⬜︎会社の紹介で入院したんだ。それでここの役員が親友で、この間病室に挨拶にきたよ。名前は分からないけど,顔を見たらわかるよ。(←妄想話が炸裂❗️)

Q:リハビリはやっていますか?

A:まだやっていない。入院してまだ2日目だもの。そんなに長く入院しなくてもいいし。

(本当は入院して13日経ってますが…。しかも毎日午後は15分ほどリハビリの先生が来て,支えてもらって立ったり少しづつ歩いたりしている。)

Q:今の季師は?

A:さあどうだろう。これから冬だね。←ようやく冬が終わって春なんですよ。

Q:お金の管理はしてますか?

A:してません。任せてます。

Q:最近、考えた事がありますか?

A:私が百歳になったら、どんな景色か見たい。

なんだか詩人みたいなことを言ってますね。(^◇^;)

Q:この方達を紹介してください。(オネコさんと私)

A:オネコさんのフルネームを答え,私は下の名前のみ。「良い娘たちです」と笑顔で言っていた。

そのやり取りの様子を聞いていて思ったのですが、自宅にいる時より、きめ細かく介助の手がある病院にいるせいか,ジジはストレスが少ないのではないか?

なんとなく、入院前より頭も冴えているような気がしました。

「要介護4は難しいかな…。」

とは言え、病院内の移動も全て車椅子。嚥下の問題もあり食事はペースト食です。

「入院中の主治医が意見書にありのまま書いてくれたらいけんじゃないか?」

期待と不安のまま1ヶ月が過ぎ、ようやく結果が郵便で届きました❗️

あゝ、要介護4❗️

この時,ジジは大学病院を退院して老健(介護老人保健施設)に入所していたので、早速オネコさんは老健のケアマネージャーさんと相談しながら申込書類を作成して、特別養護老人ホームの申込書類を投函しました。

本日アップの貼り絵

制作年月日不明、2005年頃の作品です。今回も薄く削いだ色革をクラフトパンチで抜いて貼っています。

おママの貼り絵を見てくださり,有難う御座います。

東国ひとり旅(番外編)

(制作年月日不明 アルツハイマー型認知症の診断以前 2005年ごろ)

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午年なので

先週の4月14日〜4月16日まで、近県に旅行をしてきました。

今年は午年です。

午年って関東では幾つか大きなお祭りがあるのですが、4月の15日16日に行われるのが下総国一宮である香取神宮の「式年神幸祭」です。

お祭りの概要や規模などは(↓)香取神宮の公式が一番良いので、ご興味のある方は是非ご覧くださいませ。

katori-jingu.or.jp

私は午年だからでもあるのですが、この式年神幸祭がとても好きで、今回拝見するのは3度目です。まずは忘備録的に前々回と前回の流れを記録しておこうと思います。

<2002年平成14年>

今から24年前、まだ私がスリムな体型で颯爽としていた36歳の時。(^◇^;)

当時住んでいた市川市の歴史博物館の講座でこの大祭のことを知りました。

「午年の12年に一度に行われる大祭だなんて御縁を感じるわ。」

その講座でも巡見が予定されていたのですが、時間帯を見ると御神輿と御行列が香取市津宮(つのみや)から利根川に船出して、隣の佐原まで渡御するのを見物するのが主目的でした。

自分で調べてみると朝に神宮を出発する御行列がなんとしても見たい。それで単独行動を決意。始発の次くらいの電車で香取神宮へ向かいました。(京成本線→京成成田線→JR成田線成田から香取駅)以下→行程の記録

4/15

8:30過ぎ 成田線香取駅着。香取神宮を目指して歩く。(通常30分くらい)

途中で御神輿や御行列に出会し、写真を撮りながら香取神宮を目指した。

10時頃 香取神宮着。参道で御行列の最後尾とすれ違う。

本殿に参拝ののち、御朱印を頂いた。直ぐに御行列を追いかけた。「津宮御駐輦所」で祭祀中の御神輿に追いついた。

12:30頃 利根川の津宮鳥居河岸周辺で、御神輿の御乗船と御出立を見送りる。

13時台の成田線で佐原へ移動。昼食

15時過ぎ 巡見のお仲間と合流して佐原の街と御行列を少し見物してから帰途に就いた。(JR成田線で成田→京成成田線→京成線)

<2014年平成26年 ジジ同伴>

前回の経験を踏まえて,計画を立てました。そうしたらなんと❗️当時86歳でまだ写真を趣味としていたジジが、

「そういうお祭りは是非とも観に行きたい」

と言い出しました。勿論、ジジは大きなデジカメを首から下げて行くつもりでした。この頃のジジはまだ仕事をしていたし脚力はありましたが、年齢を考えたら余り無理はさせられません。私も更年期で体重も体型も増量中でしたから体力は落ちているはず。本心では、私は一人で気ままに動きたかった。でも、当時のジジは既に高齢です。

「12年後はおそらく無理だろう、行きたいという希望を叶えた方が、私も悔いが残らないかも…。」

それで佐原駅周辺のビジネスホテルに前日の14日と15日に宿泊し、余裕を持って出掛ける事にしました。前日の14日は午後に東京駅から出発する高速バスで佐原に向かい、復路も佐原から高速バスで東京駅まで戻る計画を立てました。

4/15

6:30 ホテルから予約していたタクシーに乗り香取神宮へ

7:15 駐車場から本殿までジジとゆっくり歩いた。本殿に参拝し参集してくる神官や随行者、馬やオランダ隊,稚児達を見物する。

8:30頃 行列にあとをついて,写真を撮りながら香取神宮から津宮(つのみや)を目指した。

10:30頃 「津宮御駐輦所」の辺りでジジはダウン。縁石に座り込む。御行列を見送った。

11:30頃 ジジ復活。この後ゆっくりと利根川の津宮鳥居河岸周辺で河川敷に座って御神輿の御乗船と御座船の出立を待つ。

12:30頃 御座船出立。

13時台の成田線で佐原へ行き、ジジと少し贅沢なランチをした。

15時過ぎ 佐原での御行列を少し見物してホテルに戻った。

4/16

8:00 あいにくの小雨の中、佐原駅のロッカーに荷物を預け、出発前の御行列を見に行った。津宮区の獅子舞が見られて感激。

8:30 御行列出発。それを見送り佐原駅に停まる高速バスにて東京へ帰途。

3度目

前置きが長くなりましたが、ここからが2026年の式年神幸祭になります。

私は一昨年に年末に腰を痛めてから、余り体調が万全ではありません。その為、余裕を持った2014年のプランを踏襲しました。

今回は完全な一人旅です。無理は禁物ですね。

4月14日は成田で乗り換えをするので,思い切って成田山新勝寺に寄ってみました。そして佐原駅南口のホテルに2泊しました。

www.route-inn.co.jp

4月15日早朝 予約していたタクシーで香取神宮の駐車場へ。6:30頃到着してしまいましたが、早過ぎました。次回は7:30到着で良いかな。まだ境内には殆ど人もなく、ゆっくりと参拝しました。7時過ぎから神職や供奉人,御神楽が集まり始めて、馬が到着したりと準備を見物するのも楽しいです。

中高年が長く歩く時に深刻なのがトイレ問題です。実はおママが使っていたリハパンツが残っていたので、旅行中はずっとそれを履いていました。しかし、それはあくまで念の為です。御行列を見送り、御朱印をいただいてから神宮を後にする前に,駐車場のトイレで用を足しました。

前回前々回はデジカメで撮影しましたが、今回はスマホのみでした。写真はたくさん撮ったし実は動画もあるのですが、御行列には参加している多くの方々の顔が写っています。その為、ブログに出せられる写真は少なくて残念です。

(↓)4月15日、香取神宮の参道を行く御神輿。新緑のに映えて美しい光景でした。

(↓)2026年4月15日12:16頃 津宮鳥居河岸にて,御神輿乗船の様子

youtu.be

今回、利根川を進む御座船を眺めながら香取の津宮から佐原まで河川敷をずっと歩き通しました。道の駅「水の郷さわら」に着くまで少量のお水で凌いでいました。この時,私の体力は既に限界を超えていたようです。

この道の駅でトイレを済ませ、肉まんを1つ購入して遅い昼食にしました。12年前は佐原の良さげな飲食店でジジにお高いランチをご馳走になったのが思い出されました。

16時ごろにホテルに戻り、お風呂にはゆったり入りましたが,疲れる過ぎて食欲もなく、コンビニで購入したおにぎりをひとつ食べて就寝しました。(^◇^;)

(↓)4月16日 佐原の街で出立前に待機している猿田彦。御行列の先頭です。

(↓)津宮区の獅子。今回も御行列が始まる前に獅子舞を見ることができました。動画にバッチリ撮ったのですが、多くの関係者や見物人が映り込んでいるので動画をアップできなくて残念です。

(↓)2026年4月16日9:26頃 佐原にて。香取市多田地区に伝わる獅子舞。ユーモラスな猿もちょっとだけ写っています。神楽のお囃子を聴くとお祭りの気分が盛り上がります。

youtu.be

(↓)翁と嫗,そして天狗でしょうか?

佐原駅から鹿島神宮へ行く電車が10時台に1本あったので,それに乗って鹿島神宮を目指しました。

佐原駅の売店で「佐原ばやし」というとても美味しいお菓子を買いました。甘すぎずコーヒーにもお煎茶にも良く合います。

m-kaze.com

鹿島神宮も今年午年の9月に式年神幸祭があります。

深い森の中にある神聖な御神域という雰囲気で、清々しかったです。

今回はまだ余り歩行に自信がなかったので、杖を2本使って歩きました。

15日は18258歩,16日は11056歩。よく歩いたと思います。それも2本の杖のおかげだと思います。杖は1本より2本の方が体を支えやすいです。石段を上がる時も急がなければ安定感があって良かったです。

60代でずいぶん年寄りくさいと思いましたが、見た目より現実問題の方が大事です。

出来れば12年後の式年神幸祭も行きたいです。しかしその時,私は72歳。おママが認知症の診断を受けた年齢です。私はその頃どうなっているでしょう。見通しは決して明るくありません。

この12年をしっかりと健康に過ごしていきたいです。

 

 

 

本日アップの貼り絵

制作年不明。おそらく2005年ごろの作品だと思います。薄く削いである薄革をクラフトパンチで型抜きしています。

おママの貼り絵を見て下さり,ありがとうございます。

ペースト食から思う

(制作年月日不明 2007年以前 アルツハイマー型認知症の診断前)

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近況報告

このところ、状況の変化にブログの記事が追いついていません。

もっとまめに更新すれば良いのですが、3月のジジの入院からお教室展の後、あれこれ野暮用(主に娘のアズキによる『ウマ娘』二次創作本の原稿作業手伝い)が立て込み、バタバタしておりました。

ジジは1ヶ月を超えた入院生活を終え、4月の第2週に老健(介護老人保健施設)に移動しました。

とは言え、老健は終の住処ではないので、ここにいる間に特別養護老人ホーム入所を目指していく事になります。

この退院から老健入所についても、また後日記事にしようと思います。

嚥下機能は慎重に見極めて

ジジが誤嚥性肺炎で入院して2週間以上経った頃、炎症はほぼ治ってきました。

しかし、されど誤嚥性肺炎です。またむせれば、再発する可能性も大いにあるでしょう。

そのため、病院では嚥下機能もしっかり診てもらいながら、食事が進められていました。

やはり98歳。無理は禁物です。

ジジは結局退院まで、ずっとペースト食でした。

それは理解できるのですが、結構ジジは食いしん坊です。娘としたら、少々かわいそうだと思いました。

それで3月下旬に、ちょうど夕食どきの18時過ぎに面会に行って、ジジの食事の様子を見てきました。

これは才能だし幸せだと思う

3月22日(↓)の写真です。

前々記事にも書きましたが、私はペースト食とは言え、お粥は粒が少しあるのかと思っていましたが、本当に完全なるペースト食でした。

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(なんか,美味しくなさそうだな。ジジは嫌がっているのではないか?)

正直なところ、このペースト食を見て,私は気が重くなりました。

しかしながら、ジジは嬉しそうに食べるではありませんか❗️

「ここのお粥は本当に美味しいい。」

別のお皿を手にして、

「この味付けはとても良いよ、参考になるだろうから、味見したらどうか?」

などと、笑顔で言うのです。勿論、私は食べませんでした。病院食を家族が食べるのは良くありません。残量などもチェックするはずですから。

これはこの日に限らず、オネコさんが面会した時もそうだったようです。

見た目はあまり美味しそうではないけれど、食べたら食いしん坊のジジでも満足なお味になっているようで,とても工夫されていて美味しかったようです。

ありがたいことです。

ただ、ペースト食を見ただけで、がっかりしてしまう人(私です)も実際にはいると思います。

それでも,ジジはご機嫌で食べられる。これはすごい事です。

思えば昔からジジは好き嫌いのない人でした。

私が子供の頃から、98歳で入院するまで、私はジジが出された食事に文句を言ったり、味に不平を言っているのを聞いたことがありません。

おママの食事は美味しかったけど、認知症になってからのおママが作ったのは毎日同じ物。ソーセージの入った野菜スープだけです。おママはブイヨンを入れたことを忘れて何回も投入するのでかなり塩辛いこともありました。

それでも,ジジはこっそりお湯で薄めながら、

「美味しいね」

と言って何年も食べ続けました。

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おママが料理をできなくなってからは、娘達が作った料理も全て「美味しい❗️」

宅食弁当も基本的に「美味しい❗️」

某ハンバーガーチェーンのハンバーガーも昨年は「喉に詰まりそう」と言いながらも、しっかり完食。それ以前は長年喜んで食べていました。

私が手抜きで購入したコンビニのドリアや焼きそば、パスタも「美味しい❗️」

スーパーの惣菜だって揚げ物だって、大体「美味しい❗️」です。

そして「ありがとう」が付け加わるので、家族はとても気持ちが楽でした。

この偏食もなく、普通に手に入るような手軽な食事にも、全てを「美味しい❗️」と感じて食べられるっとて、ある意味,才能だし、本人も家族も幸せだと思います。

今月初め、オネコさんと私は老健に見学と面談に行ってきました。

「病院からの書類では、今はペースト食なのですね。」

そういう職員さんに、少しお願いしておきました。

「本人は歯もまだ揃っていますし、食べる事は大好きでした。状態を見ながら少しづつ普通食に戻して頂けたら、父も生きる楽しみが増えると思います。」

栄養士と相談の上、検討してもらえるようです。

ジジがいつまでも食べる楽しみを感じていられますように。

本日アップの貼り絵

制作年月日不明、おそらく2005年ごろの作品だと思います。

美しい日本刺繍の写真を切り抜いて平面構成したのだと思います。

その写真の感じから、私は2023年の自分が書いたブログ記事を思い出しました。

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2022に私が見つけたおママのファイルの中身と似ています。(↓)

日本刺繍は能装束だったのかも知れません。

細長い紙片を並べたら、裏はカレンダーでした。(↓)それも前世紀のです(笑)

因みに帯状の日本刺繍の写真は裏返してみるとカレンダーでした。

1990年代の何年かは不明です。きっとおママは10年近くカレンダーの写真を仕舞い込み、2007年以降に再発見して帯状に切断したのだと思われます。

再発見されても,再び仕舞い込まれて忘れ去られた…。

今回ご紹介した貼り絵に使われたのは、同じカレンダーの他の月だったかも知れませんね。

おママの貼り絵のピースを読み解いていくと、2005年ごろから2022年まで、時間が一気に巻き戻るような気がしました。(๑˃̵ᴗ˂̵)v

 

おママの貼り絵を見て下さり,ありがとうございます。

6日遅れの…月末企画❗️今月のイチ押しリターンズ❗️

(2020年3月6日アルツハイマー型認知症の診断から約13年1ヶ月)

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近況報告

年度も改まったと言うのに、今更ですよ。

こんな寝ぼけたタイトルの記事をアップすることをお許しくださいませ。

3月はジジの入院から始まり、落ち着かない日々のまま、下旬には仏画と截金(きりがね)の教室展があり、まさに駆け抜けた感があります。

時間ばかりが過ぎていき,ジジの入院関連記事の更新を優先させたので、毎月恒例の「月末企画❗️今月のイチ押しリターンズ❗️」は6日遅れの今日の更新になりました。

そして当ブログにも少し変化がありました。

お気付きの方もいらっしゃるかも知れませんが、3月からブログでご紹介する「おママの貼り絵」は2007年の以前(おママが認知症の診断を受ける前)の作品となりました。

一気に19年以上遡ったのです。(๑˃̵ᴗ˂̵)v

2016年12月のブログ開始から、2022年12月におママが貼り絵をできなくなるまでの期間の作品は殆ど掲載してしまいました。若干残ってはるので、折を見て御紹介しようと思います。

でも、2016年12月以降より、それ以前の方が作品数は多く、まださほど認知症の症状が顕著ではなかったので、端正で美しい作品が多いです。

ええ、それがおよそ2500枚くらいあるのです。(^◇^;)

私の残りの人生、ずっとブログを続けても全部は紹介しきれないかも知れませんね。

気長に続けていこうと思います。m(_ _)m

「今月のイチ押し❗️リターンズ❗️」とは

2023年1月におママが特別養護老人ホームに入所したので、もう、新しい貼り絵作品は出来ません。(面会時にシール遊びはしましたが…)

その直前の2022年12月まで、「月末企画❗️今月のイチ押し❗️」は当ブログの月末恒例行事でした。

オネコと私は「イチ押しミーティング」をして、特に印象に残る作品を選んできました。

それはすぐに意見が一致することもありましたが、紛糾する(大袈裟です)こともしばしば…。

しかし、それも出来なくなりました。寂しいものです。

「今月のイチ押し」は今見ても素敵な作品が多いです。当時を思い出して、今、感じることもあります。

そこで考えたのが「リターンズ❗️」。

6年間72枚の中から、私が特に好きな作品を再びご紹介する企画です。

(↓)先月の「イチ押しリターンズ❗️」です。

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あの穴はこんな感じで開けられたのか?

2020年3月の「今月のイチ押し❗️」作品

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2020年3月6日の作品です。

使ったのは(↓)この紙でした。墨流しのような模様が印刷されている洋紙です。おママが50代から60代で購入した沢山の紙類の中から私が見つけました。

過去におママが貼り絵に使ったのでしょう。

切り抜いた穴とパンチで抜いた跡があります。

2020年3月のイチ押し作品はこの雲型のような穴を活用しています。

今年の3月に実家で2005年頃の貼り絵を撮影していたら「あれっ?」と思うものがありました。それは(↓)これです。

(制作年月日不明 2007年以前 アルツハイマー型認知症の診断前)

あぁ…見比べると、やはり穴の形と違いましたね。(^◇^;)

でも、今後おママの初期の貼り絵を撮影していくうちに、切り抜かれた穴にぴったりのピースを使った作品に出会うかもしてません。

ちょっと楽しみです。(๑˃̵ᴗ˂̵)

おまけ

上記にもありますが、3月26日から30日まで、自由が丘の「STAGE悠」にて仏画と截金の教室展がありました。私は8年ほど前から岩絵具での彩色仏画を習っています。そして2年ほど前から彩色仏画に細い金箔の線で文様を入れたいので截金も習い始めました。

今回は仏画を2点出品し、截金だけの作品も出すことができました。

截金は金箔を竹刀で細く糸のように切り,それを膠とふのりの混合液で貼っていく技法です。おそらく天平時代の仏像の衣に当時の職人が文様を施した技法と、私が今日習っている截金の方法はあまり変わりないのではないか…。そう思わせるほどアナログで理論上は単純なのです。しかし、扱うのは吹けば飛ぶような金箔です。

箔を切るのも、切った細い箔の線を貼り始めたいと思う所定の位置に当てるのも、

貼るのも,貼り終わりでその箔の線を切るのも、全て難しい。(溜息)

一応,貼れるようにはなってきましたが、とてもじゃないが、コツが掴めたとは言える状態ではないです。(^◇^;)

今回、おママがルリユール(ヨーロッパの伝統的な製本技法)を習っていた時に染めたマーブル紙に東洋的なデザインの窓を截金で表現してみました。

このマーブル紙はオネコさんが実家を片付けている時に見つけました。和紙に染めた墨流しや洋紙に染めたマーブリングがたくさん出てきたのです。おそらく,それらはおママが60代の頃のものでしょう。

その中の1枚をパネルに水張りして作品にしてみました。

おママの空と雲を感じさせるマーブル紙と私の截金。

おママが認知症でなかったら、きっとこのコラボを喜んでくれたでしょう。まだまだ沢山あるおママの染色紙を、これからもこんな風に活用していきたいです。

(↑)大きさはP3サイズ(273×190)のパネル。金箔の太さは、窓の外縁は3ミリ、内側は0.8ミリ〜1ミリほどです。細い線になっても、金箔自体の輝きはインパクトがありますね。しっかりマーブル紙に貼ってあるのですが、浮き上がっているように感じます。それもこれも、やはり金という鉱物が偉大だからでしょう。只今、金の市場価格は高騰状態で、材料費がかかって頭が痛いです。因みに(↑)の作品で消費した金箔の価格は約3600円でした。(๑˃̵ᴗ˂̵)

(↓)2024年12月の写真です。

おママの貼り絵を見てくださり,有難うございます。