
(制作年月日不明 アルツハイマー型認知症の診断前2005年頃)
ジジの容体などについて,忘備録的にまとめておきます。
長文になりますので、ご興味のない方は下の方の「*本日アップの貼り絵」までスクロールしてくださいませ。(^◇^;)
*地域包括支援センター病棟へ移動
7月下旬に肺炎で今年3度目の入院をしたジジは,嚥下能力を弱らせて口から栄養を取れなくなってしまいました。
私たちは医師と相談の上、胃瘻や経鼻経管栄養、中心静脈栄養などの延命措置は行わず、末梢点滴のみ続けることにしました。
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<8月25日>
肺炎の治療が終わっていたジジはこれまでの内科から同病院の地域包括支援センター病棟に移動しました。今後は転院先の療養型病院の空きを待つことになりました。
実はこの同じ日に、午前中は骨折で別の病院に入院していたおママが退院して特別養護老人ホームへ戻り(3日後に再入院、その後肺炎で死去)、午後はジジの転院先となる療養型病院で面談と申込をしました。
ジジは1日に2本の点滴(500ml200Kcalの点滴2本)と、炎症反応がある時は抗生物質も投与されていました。日に400Kcalですから、やはり少ないですね。
とは言え,結構意識はしっかりしていていました。娘達のことは分かるし、夢か妄想かは分かりませんが、明瞭に話をしていました。ただ、眠っていることも多くて、ジジの話すことの大半は夢のつっ付きのような気もしました。
<8月27日>
9月15日に療養型病院への転院が決定しました。
<8月28日>
私がジジの面会へ行く電車の中でオネコさんからLINEがあり、おママが救急で再入院と再手術をするとの事。そのため、私はジジの面会を終えたらおママの方へ向かうことにしました。
ジジが珍しく「今何時?」と訊ねるので、私は「今は四時よ」と答えました。するとジジは指を四本立てて頷いていました。まだまだジジはしっかりしてますね。
「これから芙貴子さんのとこ行くわ」と言ったら首を傾げるので、「芙貴子さんはあなたの奥さんですよ」と答えたら、更に首を傾げて分からない風だでした。
「もう2日くらいご飯食べてないな」と言うけど、そんなもんじゃないから,私はお茶を濁していました。でも食べたいわけではないようで、「疲れた…」と。そりゃぁ体力も落ちてますものね。
<8月31日>
私が面会をした時に、ちょうどリハビリの時間に当たりました。リハビリの先生は若い綺麗な女性で、以前の病棟でも担当してくれていました。足が拘縮しないように「はーい,ゆっくり伸ばしましょう」と言って摩りながら伸ばそうとしているのですが、
ジジは面倒なのか?本人、脚を伸ばす気は全くないようで、寝たふりしていました。
褥瘡は見られないようなので安心しました。帰り際、私を見て「あまり無理するなよ」と言ってました。そういう気遣いは本当に良くできる人です。
ジジは腕の点滴が気になるようで、時折り引き抜いていました。それで足からする事もありましたが、段々に皮膚は弱くなって、なかなか針を入れられなくなってきました。
<9月3日>
オネコさんが面会に行くと、看護師さんから言われたそうです。
「昨日、点滴の液が血管から漏れてしまって皮膚が腫れてしまいました。皮膚科でステロイド軟膏が処方されアイスノンで冷やしています。これまでの点滴は栄養価はあるが血管から漏れるとリスクが大きいので栄養の少ない点滴(ほぼ水)に変えました。」
つまり血管が脆くなるという時期に入り、末梢点滴もだんだん難しくなっているのでしょう。
1日500ml(100Kcal)の点滴2本になりました。オネコさんは帰りに看護師さんに改めて聞いてみたら、水のような点滴だけれど1日に1リットル血管に入っていて意識もあるから、まだ大丈夫ではないかとのこと。
<9月5日>
オネコさんの娘家族がお見舞いに来てくれました。ジジはとても嬉しかったようです。
オネコさんの娘には「まだ死なないから大丈夫」とか「一杯やろう」。
曽孫小6女子には「頑張って」とか「気をつけて」
曽孫小4男子には「あの世で会いましょう」←ジジったら何を言っているんだ?
旦那様には「ありがとう」とか「頑張って」
などと、それぞれに話をしていたようです。2人のお子達に目にはやはりジジがとても弱って見えたのでしょう。病院から出たら涙ぐんでいたとの事でした。
翌日、オネコさんが面会に行ったら、彼らが来たことは忘れてしまっていたそうです。それは仕方ないです。98歳だもの…(^◇^;)でも珍しく「朝ごはんは?パンが食べたい」と言っていたそうです。
<9月7日>
ジジは「満州国が日本に併合された❗️」という夢を見たと語っていたらしい。
ジジ、満州国はね。1932年(昭和7年)に独立国として建国されたのよ。日本の傀儡国家だったけど、併合されてはいなかったんですよ。ジジったら,夢で歴史を改変したのね。(^◇^;)
<9月12日>
オネコさんの息子が一人でジジとおママを見舞ってくれました。
ジジは彼を見るととても喜んで、しっかりとした声でたくさん喋っていたそうです。内容は仕事のことも多く、ジジの頭脳も一番年上の孫が来てくれてスイッチが入ったのでしょう。翌日、彼は家族を連れてまた来てくれたのですが、この時のジジは何度呼びかけても目を覚まさなかったらしい。もしかしたら、前日に話しすぎて疲れてしまったのかも。
<9月14日>
翌日9月15日はジジが療養型病院へ転院する日です。そのため,退院時に着せる服装をオネコさんが実家で探してくれました。前開きの浴衣にしました。これは大人用ではなく140サイズ。子供用なのですが、ジジは体が小さくなってしまったので、当日看護師さんが着替えさせたらぴったりでした。
*療養病院に転院
療養型病院への転院日。オネコさんと私が付き添って、ストレッチャーを備えた介護タクシーで移動しまし。その手配は送り出す病院側のソーシャルワーカーが行ってくれました。
ストレッチャーに移り病室を出る時、
ジジはこれまでお世話になった看護師さんに「ありがとう」と言っていました。看護師さんもその言葉を聞いて嬉しそうでした。この状況になっても、感謝の言葉を言えるジジは本当に偉いと思います。
療養型病院に到着すると直ぐに担当医の診察がありました。その後、私達は担当医から以下の説明を受けました。
*只今,診察したら、末梢点滴は血管も皮膚も弱くなっているから、今後は難しくなる。近日中にお腹の皮下に針を入れる皮下点滴になる。
*皮下点滴は1日1本しかできない。500ml 100Kcalだけになるから、どうしても体力は衰えて、老衰で亡くなる。個人差はあるけど、長くて1ヶ月くらいか?
*これまでの病院でも唾液だけでも肺炎を繰り返していたようなので、肺炎が急激に進行したら、容体は急変する可能性はある。
*肺炎を防ぐためにも,こまめに痰の吸引は行う。
帰りがけに看護師さんから、
「やはり、もう血管に点滴は無理なので、今日から皮下点滴にします」
と言われて、オネコさんも私も、あとは時間の問題なのかと、気持ちが塞ぎました。
前の病院で担当医とも話し合い、ジジの年齢状況では延命治療はかえって本人の負担になって苦しめるだけと判断したのですが、ジジの最後が近いと思うと胸が苦しい。
<9月16日〜9月17日頃>
まだジジの意識ははっきりしていました。オネコさんが面会に行くと「チャーコは?」と言い、私が行くと「オネコさんは?」と聞くから、娘が2人いることは分かっているようでした。
やはり皮下点滴で、お腹に浅く針が刺さっいました。1日にこれ(500ml 100Kcal)を1つと抗生剤(肺炎用)をいれてるとのこと。
オネコさんが「何か食べたい?」と聞いたら「なんでもいいや」と。実際に食べたいというより,イメージの問題なのかも…。
私達はジジの死期が近い事を憂いていましたが、骨折で入院していたおママがまさかの肺炎で死去。予想外の事態に2人とも呆然としてしまいました。
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<9月21日>
オネコさんがジジの面会に行くと、ジジは元気でほっとしたそうです。理解できないかもしれないけど、一応おママのことは知らせておこうと思いました。
「奥さんのふきこさん覚えてる?」→ジジ頷く。
「昨日亡くなったのよ」→「ええっ?」目を丸く見開いて驚き、「なんで?」
「肺炎で急に亡くなったのよ」→「可哀想に。葬式は?」
「お葬式はしないで火葬するの」→ジジは「いつ?」と訊ねました。
「こんどの土曜日、5日後よ」→「どこで?」
「〇〇斎場よ」→ジジは「??」どうも理解できなくなってきたようです。
よく理解しているかのように思われたけど、ジジはこの辺りから迷走。
「亡くなったのはふきこさん、あなたの奥さんよ」→「うちの家内じゃない」
誰かが亡くなったことは分かったが、やはり、もともと記憶があやふやだから、自分の奥さんが亡くなったと理解するのは難し買ったようです。でも、最後には
「来週月曜あたりには退院しようか」
「おれは死なないようにしないと」
とまだまだ生きる気満々ででした。
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今日現在もジジは生きているし、親類が声をかけると,言葉は出なくても反応もあります。もう少し,がんばれるのではないかと思います。
*本日アップの貼り絵
制作年月日不明ですが、2005年頃のファイルに収納されていたので、その頃だと思います。(↓)おママがよく好んで使ったマーブルペーパー(購入品)です。

(↓)同じ紙を使っています。
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小さな円形は(↓)このホログラムシートを使っています。キラキラ光って色が変化するのが印象的な紙です。

(↓)この紙のキラキラ動画です。(๑˃̵ᴗ˂̵)v
youtube.com
(↓)関連作品も多いです。(^。^)
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おママの貼り絵を見て下さり,ありがとうございます。