アルツハイマーとともに〜おママの貼り絵日記〜

アルツハイマーの母が作った貼り絵たち。

記憶についてNo.8 家族を忘れて①(2014年末)

 

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         (2014年11月29日  診断から約7年9ヶ月)

 

   家族の誰かが認知症の診断を受けたら…。

いつか、そんな時期が来るんだと覚悟しなきゃならない。

おママがアルツハイマー認知症の診断を受けた時、私も覚悟しました。


「ショックだろうな…。」
暗い底なし沼に落ちていくような不安感がありました。(オネコはもう少し腹をくくっていたそうですが。)

 

私は今までアップした記事の中で、おママがオネコと私を娘と認識していない事を書いてきました。

 

harienikki.hatenablog.com

 

   おママが家族の記憶をなくしていった事を「記憶について」の中で、まとめてみたいと思います。ちょっと長くなりそうです。

 

🌺これまでの経緯

  おママは2007年1月末にアルツハイマー認知症の診断を受けました。

当時73歳です。
アリセプトの効果があったのか、幸い症状の進み具合は緩やかでした。
この診断時点で短期記憶はかなり劣っていましたが、家族、親族、女学校時代からの友人や工芸金箔をやっていた時のお仲間など親しい方々の顔と名前は認識出来たように思います。
  オネコのメモ的な記録を読むと、診断から7年くらいは、その状況にあまり変化はありませんでした。

私は、家族の存在を認識する事は、究極の長期記憶だと思います。
徐々に落ちてはいきましたが、昔の事など長期記憶については、この頃までは機能していました。

 

🌺私がいつから「あれっ?」と思い始めたか…。

  2014年の終わり頃、診断から約8年くらいの時です。

それまではおママはオネコや私を
「オネコさん」
「チャーコさん」
と名前で呼ぶ事が多かったのです。
それが頻繁に「あなた」と二人称で言うようになりました。

 

娘の名前が出てこないんだな。

漠然とそう思いました。
とっさに名前が出てこない。それは発症以前にも以後にもありました。
2人の娘の名前を取り違える事もあったのです。

なのに何故、私は引っ掛かりを感じたのか…。

「あなた」の後に続く言葉が、他人行儀に聞こえたからです。

 

  例えば…。
午後、私が1人で1階のパソコン部屋で仕事をしていると、2階からおママが降りて来ます。昼食以来、顔を合わせるのは1時間ぶり。
   おママは戸を開けて、人(私)が居るのを発見したようです。
「あらっ。すみません。」
と肩をすぼめて入って来て、
「あなたも大変そうね。私で出来る事があれば言って下さいね。何でもお手伝いしますから。」
「大丈夫よ。」
「そうなの?宜しくお願い致します。」
そう、軽く会釈して去っていくのです。

 

  おママは昔から言葉遣いはきれいでした。
でも、身内に話す時と他人に話す時では、話し方、声のトーンは違います。
この時は丁寧だけれど、家族の感じがしなかったのです。

私は狐につままれたような気がしました。

 

読んで下さりありがとうございます。

次回に続きます。