(1990年から1993年頃 表表紙)
今回は全記事の続きでもあります。
せっかく、おママが美しい思い出を語ってくれた(でもすぐ忘れた)ので、かつて熱心に取り組んだ製本技術の作品をご紹介したいと思います。
*ルリユールとは
「ルリユール」はフランス語です。
意味はヨーロッパの伝統的な製本技法。
映画かドキュメンタリーなどで、ヨーロッパの歴史ある名家の書斎を見た事があるでしょうか? 書斎の壁面全体を覆い尽くす蔵書の全てに、その家独自の装幀を施されているのです。上等な皮革の上にはキラキラ輝く金箔で文様や紋章が入っている…。
想像するだけでも、ウッっとりするほど美しい本たちです。
ヨーロッパでは16世紀にグーテンベルクの印刷技術が普及して、本の出版は盛んになりました。
その頃は出版と印刷、製本の職分がはっきり分かれていなかったので、職人間で権利の間の揉め事も多かったそうです。
そこで1686年にルイ14世が「パリ市では出版、印刷の2業者と製本業者はお互いの職分を超えてはいけない」という御触れを出したとか。
以後、本は仮綴の状態で販売され、購入者は好みの製本屋にそれを持ち込んで製本してもらうというスタイルが定着していたそうです。
そうなると、富ある者は豪華な蔵書にしますね。そこまで上等にしなくても、自分オリジナルの装幀になるのですから素敵ですね。当時の人々にとって、今では考えられないほど、本は愛着のある貴重なものだったはずです。
本がおしなべて愛蔵本であった時代、ヨーロッパで培われた伝統製本技法がルリユールです。
参考にさせていただきました。⬇️ ありがとうございます。
(開いてみると、こんな感じです。)
*愛情を込めて
おママが50代の終り頃だったと思います。
私達姉妹が子供の頃から書棚にあった児童文学の本を、おママは迷い無く分解しておりました。表紙や背表紙を丁寧に外しているのです。最初に目撃した時はビックリしました。
「大事にしていたのに、どうするの?」
「練習のために新しく製本し直すのよ。」
なるほど…。
選ばれたのはボロボロになってになってしまった本。そして、おママにとって、特に思い入れのある本ばかりでした。
その本の命を繋ぎたかったのかも知れません。
本文のページだけにして、針と糸で綴じていく作業を、おママは慈しむように行なっていました。
『星の牧場』もそんな一冊です。
(裏表紙は馬の蹄鉄をデザインしています。このグラデーションにおママのこだわりがあります。)
*製本の作業
この作品はグループ展向けに制作したものだと思います。
なぜなら、講習の課題にしては恐ろしく手が込んでいるからです。私の記憶では、地となる濃紺は染色してある皮革を使ったのだと思いますが、他の全ての色はおママ自身が染料でヌメ革(なめしただけの染色されていない革)に染めていました。レザーカービング時代から染色の経験は20年近くありましたが、
「グラデーションが綺麗に出ない❗️」
と嘆いていました。思った色合いにならなくて苦労していたようです。
当時、私も逐一見ていたわけでもなく記憶も曖昧ですが、手順はこんなだったのではないかと思います。本文の部分は綺麗に揃えて事前に仮綴をしておきます。
① デザインを決めてそれに合う地の革をきめる。
②デザインパーツを切り出す革を染めていく。染め終わったら革スキ屋さんで薄くすいてもらう。地の革もスキの必要な部分は同時に頼む。
③台紙を地の革でくるんで表表紙、背表紙、裏表紙を作る。そして、デザインを表紙の革の上に写し、適温に熱したコテでデザイン通りに革の表面に筋をつける。
④色革が入るところの地の革は慎重にヤスって窪ませてから、染めた色革をそこに象嵌する。(モザイク)
⑤金箔で箔押しをする。この時、適温に熱したコテを使います。金箔を定着させる液は何であったか?失念しました。m(__)m
⑥モザイクと箔押しが完成したら、一冊の形に綴じて製本する。
ザックリ書いただけでも手間暇のかかる工程ですね。
デザインの曲線部分に隙間なく象嵌したり、均一な線に金箔押しをするのは、大変集中力を要する作業です。
作業机に向かうおママの背中に、
「ねぇー、お母さん」
なんて言おうものなら、
「今は声掛けない‼️」
と振り向きもせずに返事をしていたものです。
完成した時、私から見たら素晴らしいと思うのですが、完璧を求めるおママはちょっと残念そうでした。
「ここがピッタリ象嵌できなかった。」
「この線が歪んだ。星も綺麗に箔押しできなかった。」
そうですかね…。
*『星の牧場』
久しぶりに『星の牧場』を見て、おママは懐かしそうな顔をしました。
「昔、お母さんが作ったのよ。」
「そうね。大変だったのよ。」
当時は不本意な出来かもしれませんが、今のおママは満足そうでした。手に持ってもらうと、誇らしげに微笑みました。
『星の牧場』は戦後の児童文学の名作と言われる作品です。
http://www.iiclo.or.jp/100books/1946/htm/033main.htm
実は…、私はまだ読んでおりません…。子供の頃におママに進められたのですが、取り立てて理由もなく、手に取ることはありませんでした。(ごめんね。おママ。)
読んでみなくてはいけませんね。
庄野英二さんのファンタジー作品。
おママはその世界観を自分なりにデザインしたのだと思います。
1963年に初版が出版されました。奥付を見ますと初版の1刷でした。
書店に出て間もなく購入して愛読し、後年自分で装幀したのですから、まさにおママの愛蔵本です。
おママのルリユールを見て下さり、ありがとうございます。