(2014年11月25日 診断から約7年9ヶ月 このカニはどこから取ってきたのでしょう?他にも1作に使われております。)
前記事の続きです。長くなってすみません。
*オネコの印象は…。
オネコは花見の出来事と、その日の娘が分らなかった一件をジジや私から聞いてはいました。
しかし、おママの状態について、私とは少し違う印象を持っていました。
オネコ曰く
「実際に毎日のおママとの接触で、私のことがわかってないなと実感することが、ごく最近まで(2016年秋)はなかったの。」
前記事で私が紹介した例と似たような話ですが…。
「たとえば、こんちわ~と階段を上がっていったら、おママが驚くことはあっても、それは知らない人が来たからだと思ったことはなかったよ。
予期せず急に娘が来たから驚いたのねって思った。
お母さんと言わなくてもすぐに、『あー来てくれたの』とか言ってたし…。」
だいぶ印象が違いますね〜。オネコは私より5歳年上です。つまり5年間私よりおママとの付き合いが長いからおママの記憶に残りやすいのかしら?(少し僻んでみる。)
他にも…。
オネコはおママと歌舞伎の夜の部に行くと、必ず実家まで送ってくれます。
「歌舞伎を観に行ったあととか夜になると、必ず『パパ送っていってあげて』とうるさくいうから、
近くに住んでる娘と認識されてるな、名前はでないかもしれないけど顔見ればわかるんだなという印象を持っていた。
去年の11月まではね。」
*印象の差はどこから来るのか?
おそらく、
オネコが感じた事も、私が考える事も、正しいと思います。
毎日顔を合わせる家族同士でも、認知症患者の症状に対する認識は必ずしも同じではないと思います。
これには幾つか理由が考えられます。
*少し穿った見方をしますと、おママは分からなくなっている事を取り繕おうとしているでしょう。私は実家にいる時間が長いので、おママも尻尾を出してバレバレになる可能性が高かったのかも知れません。
*同じ事柄について、おママは1日の中でも記憶があったりなかったりします。
例えば、自分が貼り絵をやっている事を昼食中は忘れていますが、食後に制作を再開するとか…。つまり、おママに接する時間にズレがあるので、オネコと私の認識に差があるのも頷けるように思います。
*姉妹に対するおママの認知の差。それは立ち位置や環境に依って生じるのではないか?
オネコはこんな風にも考えます。
「チャーコさんは実家で仕事をしているということが大きいかも。仕事をしている人って他人である可能性が高く、身の回りのことや一緒に遊びに出掛けるのは家族と認識しやすいかも。だから病気のときは娘という認識になるのでは?」
いずれにしても、推測の域は出ませんね。
とにもかくにも…。
おママの症状に対する私達の認識が一致するのは、
約1年後の2016年の秋でした。
読んで下さりありがとうございます。
まだ、続きます。