(2015年4月4日 診断から約8年2ヶ月)
前記事の続きです。
*前記事 お花見から帰って…。
この日、ジジはショックを受けましたが、おママを責めたりはしませんでした。
だから暗い面持ちのジジとは対照的に、おママは帰宅後も上機嫌です。
そんなおママの姿を見ながら、私は内心、複雑な心境でした。
やはり…、そうだったか。
おママは私達を家族と認識できない時もあるんだ…。
去年のあの時も、きっとそうだったんだ。
それと同時に、心の片隅でこうも思いました。
私はおママに上手くしてやられていたのではないか?
もし、あやふやな記憶の辻褄合わせのなかで、
おママが『親子の確信がない事を悟られまい』と演技しているとしたら…。
本当にお上手!
そんな風に思うのは私が意地悪だからでしょう。
診断から充分、年月がありました。
親に忘れられたと分かっても、私には心構えも身構えも出来ている筈です。
だから、軽く聞けそうな時に、
(あっけらかんと確かめてみよう。)
私は決めました。
*そして私は決行しました。
丁度、その日の午後。
ジジが席を外している時に、おママが階下のパソコン部屋にやって来ました。
「あなたも大変ね〜。私で出来ることがあれば手伝うわ。」
決まり文句を口にして、機嫌よく笑っています。
私は今だと思いました。努めて笑顔で穏やかに、私は尋ねました。
「ねぇ、お母さん。私の事、誰だかわかる?」
おママが面目を保ちたいと思えば、なんとか出来る最大のヒントを上げたのです。
ところが、おママは私を静かに見つめました。
「う〜ん。実はよく分からないの。でも、お母さんと呼ぶから…。娘かな…?」
「娘なのよ…。」
そう答えたら、おママはホッとしたような表情を浮かべました。
「名前は分かる?」
「う〜ん。分からない。」
「オネコかチャーコかどっちだか分かる?」
おママは再び私をじっと見つめました。
「チャーコかな…?」
私は精一杯笑顔を作りました。
「そう、チャーコなの。」
おママは狐につままれたような感じで佇んでいました。
「お母さん、教えてくれて、ありがとう。」
私は何とかこの言葉までは笑顔で言えたのでしょう。
おママは無邪気に微笑んで、2階に上がって行きました。
確かめようと決めたのは私です。
私には診断から何年も時間があった。
心構えも身構えも出来ていたはず…。動揺なんかしないはず…。
後悔なんてしていません。
むしろ、はっきり分かって良かった。ほんとありがとう…。
ところが、胸のあたりが苦しくなるのです。
打ちのめされて、この後、仕事になりません。
頭にカーッと血が逆流するのを感じました。
この時、私が血圧を測っていたら、うんと跳ね上がっていたでしょうね…。
ジジにこのことを話したら、
「よく直に訊けたね…。」
と驚いていました。そうですよね〜。私はバカなんですかね〜。(笑)
読んで下さりありがとうございます。
明日に続きます。