(2022年5月13日 アルツハイマー型認知症の診断から約15年3ヶ月)
*宣告
再び呼ばれた時、
「娘さんお一人で…」
看護師さんにそう言われました。
「でも、母は重い認知症なので一人にする訳にはいきません。」
「短い時間ですから、私たちがちゃんと見ていますから。」
看護師さんはとても優しい口調なのですが、全く揺らがない強い意向を感じて、私は一人で診察室に入りました。
「写真を撮ってそのデーターから機械で調べてみました。まず、この画像を見て下さい。」
OCT 設定 黄斑マップ Y~X (9.0mm ×9.0mm[512×128]
両眼 緑内障(画像の部分のみ)
え…、え…?
私も緑内障がありますから、あまりの事にその画像を見つめて息を飲みました。
「中央の丸い小さな灰色部分は眼球の中で視力を司っている部分です。緑色の部分が正常なところ、桃色の部分は緑内障に侵されているところです。」
「先生、これでは、ほとんど、視野が欠損している、そういうことでしょうか。」
私は一気に全身の血が頭に上昇し、沸騰していくような気がしました。
「ご本人がどのように見えて感じているかは、視野検査ができないので本当のところ分かりません。しかし、視力を司っている部分とその周りだけと考えると」
先生はご自分の顔の前に両手でバスケットボールくらいの円を作り、
「本当に中心部だけしか見えていない可能性が高いです。」
「このままでは近い将来視野が全てなくなるという事ですね…。つまり失明するという事ですね。」
先生も一瞬言葉を詰まらせました。
「娘さん、覚悟はしておいて下さい。」
「失明するまで、母には後どのくらい時間が残されているのでしょうか。」
「それが、はっきりとしたことは言えません。個人差がありますから。一般的に緑内障で年齢とともに徐々に視野が欠けていく場合、15年から20年かかると言われています。」
「その、最後の最後の…。」
光なのでしょうね。
私はふと、おママが認知症の診断を受けた頃の話を思い出しました。
おママはメガネの処方なのか、結膜炎だったのか忘れましたが、今はもう閉院してしまった近所の眼科に行った事がありました。
これはオネコに聞いた事ですが、その時、緑内障があるかもしれないと言われました。しかし、その頃は何気に良く見えているようだったし、実に緻密で細かい貼り絵を制作していましたから、あまり私達は深刻に考えていませんでした。
その話を先生にしました。
「それが15年か16年前なので、年数的には、その時から始まっていたのですね。」
「可能性はあります。しかし今となっては、欠けてしまった視野は元には戻りません。だから、覚悟はしておいて下さい。現状できることは目薬だけです。それで、芙貴子さんは点眼はできますか?」
「本人は自分ではできないので、家族が入れてあげるしかありません。」
「とりあえず、眼圧を下げる目薬を処方しますから、なんとか点眼だけでも続けて下さい。」
「先生、この事を父と姉に説明しなくてはならないので、お手数ですが、この画像をプリントアウトしていただきたいです。」
「分かりました。受付に渡しておきます。それで、また、気になる事があったら来て下さい。」
診察室を出ると、私は立ち眩みがしました。よろけながら待合室に戻ると、おママは大人しく座っていて、私を見るなりニッコリと微笑みました。
*受け入れ難い
私は心が弱いので、覚悟なんかできません。
目薬を6本処方されました。それがなくなったら、また受診しようと思います。
でも、それまで、おママの目が見えていてくれるのでしょうか。
「おママ、ごめんね。もっと早く気付けばよかった。本当ごめん。」
帰りの道道、私は涙が止まりませんでした。コロナ禍のマスクはこんな時に便利ですね。涙をしっかり吸収してくれるのですから。誰も私が泣いているなんて、分からなかったと思います。
ふと見れば、おママはシルバーカーを押しながらご機嫌で歩いています。
15、6年前から点眼していたら、状況は違っていたのでしょうか?
記憶のないおママには、今見える視界が全てなのでしょうか。
「こんなものだ」と思って暮らしているのでしょうか。
その小さい視野の中にある世界はどんな感じなのでしょうか。
おママに説明しても、言葉は通じない事が多いのです。理解は不可能でしょう。
しかし、何も分からないまま失明するのだとしたら、あまりに可哀想です。
細い道沿いの家の塀からこんもりと紫陽花が顔を見せていました。
「お母さん、ほら見て、きれいよ。」
私はおママを紫陽花の正面に誘導しました。
「ほんとうに、きれいね。」
せめて、その小さな世界の中で綺麗なものだけ見ていてほしいと思いました。
本当のところ、おママにはどう見えているのか分かりません。想像して描いてみたのだけど、あくまで私の想像でしかないのです。悲しい…。(TT)
オネコが見つけてくれた論文を読みますと(↓)
アルツハイマー型認知症の患者の場合、緑内障を合併している例は多いようです。
https://www.osaka-med.ac.jp/deps/opt/oldweb/staffonly/pdf/openconference_100722_01_02.
おママが2007年に東京医大でアルツハイマー型認知症を受けた時、脳の萎縮より血流の悪さを指摘されていたので、その血流の悪さが緑内障のリスクだったのかも知れません。
ただ、この論文によると、
「我が国で一般的に用いられている抗AD剤・塩酸ドネペジルが網膜神経節細胞に対して保護作用を有するという~略~という実験結果が報告されている……(略)」
とありました。
塩酸ドネペジルはおママが長年服用してきた「アリセプト」です。
「効いてんのかな?」
と私達は懐疑的でしたが、飲んでいてよかったのかも知れません。
しかし、それも焼け石に水だったとも言えます。
この日の宣告は、私にはとても重いものでした。
何度も反芻して、今後のおママの介護をどうしていくか、悩みました。
綺麗な千代紙や包装紙が大好きで、切り貼りして楽しんできたおママが失明していくという現実を、私はどうやって受け入れたらいいのでしょう。
私は理論や理屈で割り切れるタイプではなく、身体や精神にうけた衝撃を徐々に慣らして頭に叩き込んでいく人間です。
私には正直、分かりません。
ようやく2ヶ月経って、文章に書くまで咀嚼できたように思います。
ジジの入院中、ともに濃厚接触者、陽性者になって2週間ほどおママと一緒に暮らしました。その細かい動作やや反応を見ていると、視野が狭くなっていることで説明のつく事が本当に多いです。
そして、この2ヶ月の間に、さらにおママの視野は狭まっているのではないかと思います。
願わくば、おママが最後の息を引き取るその日まで、
光の世界を感じていられますように。
心から祈っております。
*本日アップの貼り絵
2022年5月6日に制作された作品の残りを使っています。
ちょっと不思議な紙?布です。
表面は光反射効果のある生地で、光の当たる角度によって赤系から緑系に色が変化します。シルク風のサテンでしょうか。シワのような凹凸の加工が施されています。生地自体はそれほど厚くありません。
この生地は裏面に白い紙が裏打ちされています。
おママはこの紙をいつどこで買ったのでしょう。
恐らく、認知症診断前のルリユール(ヨーロッパ伝統製本技術)を習っている頃だと思います。
この頃、おママは大事にしていた布を裏打ちに出していたので、元々は布の状態で持っていたのかもしれません。
(↓)おママは不思議な切り方をしています。どうなるのでしょう。(^O^)
(↓)あら,仮面みたいですね。
(↓)大好きな市松模様で飾りをつけました。
<おママの貼り絵制作動画>
2022年5月13日 15:36〜(1分01秒)
おママは最後に金色の三角形を貼ろうと思いました。
でも、ちょっと間違えて剥がす羽目になりました。(^◇^;)
そして出来上がりです。
<おママのキラキラ動画>
2022年5月27日撮影(18秒)
見る角度で色の変化が楽しめます。
おママの貼り絵を見て下さり,ありがとうございます。
使用した他の紙
(↓)おママは製本技術を学んでいた頃に自分で染めたマーブルペーパーです。
おママの貼り絵を見て下さり,ありがとうございます。