(2017年6月29日 アルツハイマー型認知症の診断から約10年4ヶ月)
今年も半分が過ぎようとしています。
蒸し暑い毎日ですが、皆様お元気でいらっしゃいますか?
私は低飛行中ですが、それなりに元気です。(^◇^;)
*「今月のイチ押し❗️リターンズ❗️」とは
おママが特別養護老人ホームに入所したので、もう、新しい貼り絵作品は生まれません。
昨年まで、「月末企画❗️今月のイチ押し❗️」は当ブログの月末恒例行事でした。
オネコと私は「イチ押しミーティング」をして、特に印象に残る作品を選んできました。
それはすぐに意見が一致することもありましたが、紛糾する(大袈裟です)こともしばしば…。
しかし、それも出来なくなりました。寂しいものです。
「今月のイチ押し」は今見ても素敵な作品が多いです。当時を思い出して、今、感じることもあります。
そこで考えたのが「リターンズ❗️」。
6年間72枚の中から、私が特に好きな作品を再びご紹介する企画です。
*あの当時
2017年(平成29年)6月の「今月にイチ押し」作品です。
当時はブログであまり仕事の事には触れませんでしたが、この年のこの6月末で、ジジと私は損害保険代理店を引退しました。
代理店の後輩が顧客契約を全て引き継いでくれる事になったのは、その1年前でした。ジジが辞めるにしても、
「チャーコさんが後を継げば良いじゃん。」
そう言われましたが、認知症を発症して10年になったおママの症状は進んできたし、ジジも89歳でした。私が中途半端に続けるより、信頼できる人が引き継いでくれる状況が整ったなら、お客様にご迷惑をかけないだろう。私も辞め時と決意しました。
1年かけて後輩を同行しながら顧客様を訪問していたので、比較的スムーズな引退ではありましたが、やはり直前2ヶ月は非常に忙しかった…。
ジジは第二の人生として約30年間代理店業務に携わり,私はそのサポートとして最後の9年間、共に働きました。ジジと顧客様達は長年のお付き合いがあったので、退社直前にハガキの挨拶状一枚をお送りするだけでは済みません。
代理店として印刷した挨拶状に、各顧客様の契約詳細、手書きのお礼状を添えて郵送しました。その上で改めて電話や訪問によりご挨拶する場合も多かったです。
*邪魔しないで
そんな状況でしたから、5月のGW明けから6月下旬まで、私は土日も通って郵送書類を整えてました。そして、ジジも電話対応等で大忙しでした。
バタバタのただならぬ空気を感じ取ったのか、おママは何かと1階の事務所にやってきてきました。
「私にできることがあればやりますよ。」
これは丁重にお断りしました。
「ほら、このお菓子をどうぞ。」
食べてる暇もないんです。
おママが不安や疑問をもって「これはどうなの?」とか「これはどうするのよ」などと繰り返し言われても、なかなか相手ができませんでした。
私は「あとで見てあげるからね」「はーい、ちょっと待ってね」と生返事をして,結局そのまま放置。
ジジは「2階で貼り絵をやっていてちょうだい❗️」とおママに言い放っては、
「そんなの知りません❗️やりません」と、おママに癇癪を起こされていました。
当時、既におママは私を娘だと思っていませんでした。だから夜まで仕事をしていたら、
「一体,あなたはなんなのですか❗️いい加減にしてください」
と怒鳴られる事もありました。
私は心身共に限界で、内心、おママが邪魔に思えました、
当時のおママは自分で好きな紙を選び、好きな時に好きなだけ貼り絵を楽しんでいました。だから、まだ一人で過ごせる時間と楽しみがあったのは、私達にとって救いだったと思います。
6月末に全ての引き継ぎと、損害保険会社の支社に最後のご挨拶を済ませた時、私は全身から力が抜けて渋谷駅で目眩を感じました。
そして、ようやく実家に戻り、貼り絵のファイルを開けてみたら、
そこには、おママが一人の時間を埋めるように制作した、色とりどりの貼り絵が溢れていたのです。
「おママ、ごめんね。」
私はへたり込んで、ファイルを見つめました。
*独りでも
この作品はそんな時期に制作されたのです。
6月29日ですから、私はてんてこ舞いをしていたと思います。
「今は来ないで、話しかけないで❗️」
と喚いていたと思います。
そんな私に怒ったり拗ねたりしていたおママですが、
過去の新聞に掲載されていた写真に興味を持ち、几帳面に切り抜いています。そして配置と配色を考えて、合わせる他の紙を吟味したのでしょう。
平成27年の正月元旦の朝日新聞でした。
「光る繭だって!」
平成26年の秋から27年2月まで、上野の国立科学博物館で開催された『ヒカリ展』の特集記事でした。
遺伝子組み換えカイコ(クラゲの遺伝子が入っているらしい)が光る絹糸を吐いて繭を作ったとか‼️
今、見返せば、感慨深いです。
まだ現在に比べたら症状は軽かったとは言え、私とジジが仕事に忙殺されて相手ができなかった時に、おママはちゃんとおママの時間を生きていたのだと思います。
おママ,あの時はごめんね。
そして,素敵な作品をありがとう。
おママの貼り絵を見て下さり,ありがとうございます。