(2020年3月20日 アルツハイマー型認知症の診断から約12年1ヶ月)
*前夜
最後の晩餐なんて考えるのは嫌なのです。
しかし、実際問題、実家で家族揃って食卓を囲むのは、もうないかも知れません。
それで、オネコさんが提案してくれました。
「前の晩はみんなでお鍋を囲もう。」
牛肉はしゃぶしゃぶ風に、白菜、ネギ、椎茸などはじっくり煮て、ゴマだれで食べました。
オネコが結婚して実家を出てから約40年、その前だって、揃って鍋をするなんて滅多になかった。いつ以来だったのだろう。家族といっても中学生以上になると時間がまちまちになるから食事時が揃わないもの。
楽しいひと時を過ごし、おママの笑顔に心が和みました。
*当日
朝から日差しが燦々と当たり、比較的暖かい日でした。
「お天気で良かった。」
雨の日に送り出すのは余計に気持ちが沈みそうでしたから、本当に恵まれていました。
その施設は比較的近いといっても、実家は送迎のエリアが外れているので、タクシーで連れて行かなければなりません。事前にタクシーのアプリで予約しておきました。
おママはご機嫌ですが、そのままの状態でタクシーに乗ってくれるでしょうか。
これまでもショートステイは送迎エリア外の施設ばかりでしたから、慣れているとはいえ、やはり毎回ドキドキするのです。
「タクシー来たわよ。」
オネコの声に私はおママの手を取りました。そして窓を指差し
「フキコさん、今日はとても良いお天気です、ほら、お日様が暖かいわ。」
おママは眩しそうに窓を見ました。
「暖かいからお外に出て、日向ぼっこをしましょう。」
「そうね。」
おママ、ごめんね。嘘つきで…。
私はそのまま玄関でおママに靴を履かせ、門のところまで連れ出しました。
その頃にはおママの頭から「日向ぼっこ」は消え果てているでしょう。
「ちょっとお出掛けしましょうね。」
ジジは部屋の中で「じゃぁね」と言ったくらいで、あまりおママに言葉をかけませんでした。
おまけに玄関にも出てこない。きっと、見送るのが辛かったのだと思います。
ジジの心中を察しながらも、あまりに素っ気ない別れに拍子抜けしました。
荷物はオネコさんがしっかり持ってくれました。
まるで姉妹共犯の連れ去りみたいです。
私はおママと一緒にタクシーへ乗り込みドアを閉めました。
悲しいかな。
おママほどアルツハイマー病の症状が進んでしまうと、よほど苦痛がない限り、さほど疑問も感じないようです。
「どこに行くの?」とも言いません。あまりに素直すぎて、ほっとするより悲しくなりました。
*施設にて
施設に到着したら、暫くロビーで諸検査を受けなければなりません。
コロナが流行しているので、入所者は検温だけでなく抗原検査も必須でした。
「あの、抗原検査はとても痛い、ご家族もフキコさんを抑えて頂きたいのですが…。」
看護師さんに言われました。おママは夏に受けた時も痛がっていましたが、自宅だったのでそれほど抵抗もありませんでしたが、どうでしょう。
恐れた通り片方の鼻の穴だけで激昂し、
「いやです❗️どうして、あなたはこんなこちをするんですか❗️」
と看護師さんを罵倒しました。もう片方やられると分かると、もがく、暴れる,叫ぶの三点セットで渾身の抵抗をくりひろげました。しかし、私にガッツリ押さえ込まれてあえなく撃沈。
「なんなの?だめです❗️こんなことはダメなの❗️」
おママは何回か抗議の声をあげていました。
しかし、幸いかな。
そのショックと痛みが遠のいていけば記憶は無くなります。結果は陰性でした。
オネコさんが事務的な手続きを終えた頃には、すっかりご機嫌になったのです。
「フキコさん、お部屋の方に参りましょうか。ちょうどお昼ご飯も御用意ができていますよ。」
そう言われて、スタッフに手を繋がれると、おママはニコニコしながらエレベーターに乗り込み、私とオネコを見て手を振りました。
「どうも,ありがとうございました。」
それは,まるで他所の人に対する様な丁寧なご挨拶でした。
抗原検査の時はちょっと大変でしたが、別れ際は本当に呆気なかった。
オネコと二人で駅に向かい、途中でお昼ご飯を食べました。
「呆気ない別れだったね。」
お互い,安堵と寂しさがを滲ませながら溜め息をつきました。
それから3日後、おママはショートステイの期間を元気で過ごし、本入所となりました。
その手続きにオネコが行くと、担当のスタッフの方から言われたそうです。
「あのファイルをよくご覧になっていらっしゃいますよ。作品を少しでも持ってきていただくと、フキコさんに良いかもしれません。あの紙類をどの様に使っていらしたのか、私達も拝見したいです。」
そう言っていただけると、嬉しい。
そして、オネコと協力して、15年前から現在に至るまでの貼り絵から抜粋して作品ファイルを作ることになりました。
(つづく)
*本日アップの貼り絵
2020年3月20日、今から2年ほど前の作品です。
前回と同様、この作品も私が実家にいない時に制作されたので、途中の写真も動画もありません。
おママが好んだマーブルペーパーを使っています。これはおママが染めたのではなく購入したものです。
(↓)こちらです。おママは過去にこの紙を貼り絵に使っていたと思います。クラフトパンチの跡が3箇所、切り抜いた跡もありますね。
これを2020年3月6日に、おママはこのように分割しました。(↓)
(↓)関連作品です。
2020年3月6日に、おママはこちらの2作品を制作しました。
(↓)後日、おママはこちらの作品も仕上げています。
(↓)そして、本日ご紹介した作品と同じ日に、おママはこの作品も制作しました。
おママの貼り絵を見てくださり,ありがとうございます。